ゲルマン神話の主神といえば、誰もが「オーディンである」と言うでしょう。
しかし、ギリシャ神話でウラノス→クロノス→ゼウスと何度も主神が交代しているように、ゲルマン神話もオーディン以前に主神とされた神がいたのです。
その神の名前は、テュール。「神」を表す一般名詞にもなるほど、いにしえの存在です。
今回は、かつてのゲルマン神話の主神・テュールを紹介します。何故、主神の座を追われたのか、他の神話とは異なる交代劇をお見せします。
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忘れられし隻腕の英雄・テュール
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テュール(Tyr)はゲルマン神話に登場する軍や法廷をつかさどる神です。
オーディン、もしくは海の巨人・ヒュミルの息子とされ、非常に聡明で勝敗を決める神としての役割を持ちました。
オーディンより信仰された時代もあり、その人気ぶりは勇敢な者を「テュールのように強い」、賢い者を「テュールのように賢い」と表現するほどでした。
『古のエッダ』にある「シグルドリーヴァの言葉」では、「勝利を得るには、勝利を知らなければなりません。剣の柄の上に、あるいは血溝の上に、また剣の峰の上にテュールを表すルーン文字を彫り、2度テュールの名前を唱えなさい。そうすれば、勝利できるでしょう」と書かれています。
実際、ヴァイキングたちは出航する前、自身の剣にテュールの名前を刻み、勝利を確信したそうです。
また、テュールは軍神という共通点から、ローマ神話の軍神・マルスと同一視され、マルスの日である火曜日 (Tuesday) の語源にもなりました。
フェンリルとテュール
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テュールは、絵画などでは隻腕の男性として描かれます。それは、テュールと怪物・フェンリルの物語が関係しているのです。
フェンリルは巨大な狼の姿をした怪物で、神々に災いをもたらすと予言されたため、神々の監視下に置かれていました。その獰猛さを恐れた神々がフェンリルに近付けない中、幼いころからエサをやって可愛がり、世話をしたのはテュールだけでした。しかし、日に日に大きくなっていくフェンリルに、神々は捕縛し、拘束することを決定します。
神々は遊びにみせかけてグレイプニルという足かせをつけようとしますが、フェンリルは警戒し、「グレイプニルが危険でない証として、誰か私の口の中に右腕を入れてみろ」と言います。戸惑う神々の中で唯一、その要求に応えたのはテュールだけでした。
グレイプニルに繋がれたフェンリルは騙されたことに激怒し、テュールの右腕を食いちぎります。テュールのおかげでフェンリルを拘束することができたのに、神々は彼を勇気ある立役者とは見なしませんでした。
この一件でテュールに「人々を調停できない者」という烙印を押し、遠ざけたのです。
このころからテュールの勝利の神としての側面はオーディンに取って代わられ、影が薄くなっていきます。
世界の終末・ラグナロクでは、死の女神・ヘルの番犬であるガルムと相討ちになり果てることとなります。
主神の座を追われるテュール
テュールはゲルマン神話の神々の中でも古い神で、ギリシャ神話のゼウスやインド神話のディヤウスなどインド・ヨーロッパ語族の主神と同じ起源を持っています。
かつては主神として信仰を受けた時代もあったものの、2世紀以降、ゲルマン社会の混乱の中でオーディンやトールへの信仰が台頭し、主神の座を追われました。
太古の主神であるため、「テュール」という名前自体が神を表す一般名詞となったこともありました。
『古のエッダ』の「ヒュミルの歌」には、ヒュミルの元にトールを案内するテュールが登場しますが、これは「神」という一般名詞で使用されたテュールであり、実際にはロキであるという解釈があります。
創作作品では一介の軍神としての扱いがほとんど
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カードゲーム「カードファイト!! ヴァンガード」では、「滅獣軍神 テュール」というカードで登場。滅獣軍神という異名がフェンリルとのエピソードに結びついていますね。
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ゲーム「ヴァルキュリーコネクト」では、星3のレアリティを持つキャラクターとして登場。生粋のアタッカーであり、戦いを好む勇敢な軍神として描かれています。
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テュール まとめ
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テュールが主神の座を追われたのは、時代の流れというところに由来するのかも。
けれど、その経緯は良いにしても、勇敢にフェンリルの口に手を入れたのに、自分達が犯した判断ミスで「調停できない者」として扱う神々の扱いには納得できないです