ディオニュソスこと酒神バッカス、陽気な酔っ払い神のようなイメージがあります。
けれどその生涯は狂気と死の影に満ちています。
自身も蘇りを経験した死と再生の神。
様々に伝えられ、様々な秘儀・祭典で崇められる酒神。
信仰する者には庇護を、敵対するものには残忍な罰を与える、「人間にとって最も残酷で、最も優しい神」ディオニュソスの恐怖と驚愕の生涯とは。
目次
ディオニュソス、死と再生を象徴する驚愕の神格と壮絶なその生涯
ディオニューソスとは
ディオニュソス(Dionysus)は、ギリシア神話の豊穣とブドウ酒、酩酊、祝祭、狂気、演劇の神。
多くの名と様々な神話が伝えられる神。
ローマ神話のバックス(Bacchus)、イタリアの豊穣神リーベル、エジプトでは冥界の王オシリスと同一視されます。
バッカスの名は、彼が引き起こすと言われているバケイアと呼ばれる狂乱に由来します。
父は主神ゼウス。
妻はエーゲ海を支配したミノス王の娘アリアドネ。
オリュンポスの十二神にも加えられる重要な神です。
二匹の豹の引く戦車を持ち、半獣神のアイギパーン・同じく半獣神のサテュロス・ディオニュソスの狂信的な信奉者マイナスなどが同行します。
通常ディオニュソスはテュルソスと呼ばれる杖と酒杯を持ち、蔦の冠を配した姿で描かれます。
テュルソスはツタの蔓と葉で覆われた巨大な杖。
彼に敵対する人々に制裁を与える武器でもあります。
聖獣は、虎・豹・蛇。
シンボルは、ブドウの木・蔦・演劇の仮面、など。
ディオニュソスは「解放者」を意味する『ディオニュソス・エレウテリウス』とも称され、彼のワイン、音楽、踊りは、興じる者を恐怖から解放します。
彼の秘儀に参加する人々には、神から庇護を与えられ、力を与えられると信じられています。
起源
ディオニュソスの起源については定かではなく、19世紀にはディオニュソスは外国の神であり、時を経た後にギリシャの神々に受け入れられたとみなされていました。
けれど近年、ディオニュソスはギリシャ本土の最も古い神の一柱であることが確認されています。
ディオニュソス崇拝に関する最も古い遺跡は、紀元前1300年頃、ミケーネ文明のネストル宮殿とその周辺にさかのぼるものとされています。
語源
ディオニュソスの語源も様々な由来が伝えられています。
その代表的なものとして、後代、「ディオス」はゼウスの名前の属格とされていました。
5世紀頃のギリシャの詩人ノンヌスは叙事詩『ディオニュシアカ』の中で、ディオニュソスの名は「ゼウスの足を引きずる」を意味し、ヘルメスは生まれたばかりのディオニュソスにこの名を付けたとしています。
ディオニュソスの誕生
ディオニュソスの出自については様々な説が伝えられます。
そのほとんどの記録では、彼はトラキアで生まれ、外国を旅し、外国人としてギリシャに到着したとされています。
けれど、古代には、ディオニュソスの両親や誕生、オリュンポス神に至るさまざまな異なる記述や伝承が存在します。
親子関係については
- ゼウスとテーバイの王女セメレーの子。
- ゼウスとペルセポネの子
- ゼウスの冥界の側面
- ゼウスとセメレの間に二度目に生まれた(蘇った)息子
などの説が存在します。
古代ギリシャ・エレウシスを拠点とするデメテルとペルセポネを崇拝するエレウシスの秘儀では、ディオニュソスはデメテルの息子または夫であるイアコスと同一視されています。
そのため、同名の二人のディオニュソスが存在する、あるいはディオニュソスは2度誕生しているという解釈もされてます
第一の誕生
紀元前1世紀、古代ギリシアの歴史家ディオドロスは、ディオニュソスはゼウスとペルセポネ(あるいはゼウスとデメテル)の息子であるとしています。
5世紀頃のギリシャの詩人ノンヌスは、叙事詩『ディオニュシアカ』の中でディオニュソスの誕生を記述しています。
この神話はオルペウス教の基礎ともなっています。
まだ生娘のペルセポネは、多くの求婚者を避けるために母親によって洞窟に隠され暮らしていました。
けれどゼウスは新しいディオニュソスを育てようと、蛇(ドラコン)の姿となって、ペルセポネと強引に関係を結びます。
その後ペルセポネの子宮は「生きた果実」で膨らみ、角のある子を出産。
ザグレウスと名付けられます。
ザグレウスは幼少の頃からゼウスの玉座に登り、雷霆(ケラウノス)で遊び、ゼウスの後継者と目されます。
そこで、ヘラはティターン神族をそそのかし、ティターン神族は幼いザグレウスを待ち伏せし、攻撃。
ザグレウスは、ゼウス、クロノス、幼児、獅子、野生の馬、角のある蛇、虎、雄牛と様々に変身し、逆襲。
ついにヘラが介入し、雄牛を叫び声で殺し、ティータン神たちはその体をバラバラに切り刻みました。
ゼウスはこれを怒り、ティーター神たちをタルタロスに投獄。
(一説では、ティーターン族はゼウスの雷霆によって焼き払われ、その灰が今の人類になったともされています。)
ティータン神の母であるガイアはこれを嘆き、地上に炎、沸騰する海をもたらします。
これを修めるため、ゼウスは世界を洪水で満たす大雨を起こしました。
第二の誕生
ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌス( 紀元前64年頃-紀元後17年)の『ファビュラエ』ではその後の物語が語られています、
ジョーブ(ゼウス)はリーベル(ディオニュソス)の心臓の破片を飲み物に入れ、それをハルモニアとテーバイの王カドモスの娘セメレに与えます。
ワインとディオニュソス
ディオニュソス信仰は「魂の信仰」とされます。
ディオニュソスは死と復活の神として、生者と死者間の伝達者としての役割を果たすとされます。
その中で苦しみを和らげ、喜びをもたらし、狂気を呼び起こすワインは欠かせないもの。
また、ブドウのライフサイクル、バラバラに引き裂かれた実からぶどう酒が生まれる過程はディオニュソスの死と蘇りを象徴するものとされます。
ディオニュソスの女性信者はメナドと呼ばれ、儀式において神にワインと血の供物を捧げます。
ディオニュソス信仰
ディオニュソスは紀元前1500年〜1100年頃にはすでに崇拝されていたと推定されます。
7世紀にはワインと結び付けられ、サテュロスと踊り子との従者関係を持ち、結婚、死、性の儀式の中で崇拝されていました。
信者は儀式の中で文明生活から自然への回帰し、神によって、よりハイブリッドな自身に到達し得ると信じられていました。
ディオニュソス・バッカスの祝祭
古代、ディオニュソスに捧げられた祭は季節や地域において様々に催されました。
代表弟なものとして
ディオニュシア祭
]ディオニュシア祭は、ディオニュソスに捧げられた最古の祭のひとつとされます。
田舎のディオニュシア祭はポセイドンの冬の月(冬至の前後、新暦の12月または1月)に開催。行列と様々なパフォーマンス、演劇などが催されました。
都市のディオニュシア祭(大ディオニュシア祭)はアテネやエレウシスなどの都市部での催し。
紀元前6世紀に始まったとされ、田舎のディオニュシア祭の3か月後、エラフェボリオンの月(新暦の3月または4月)に行われました。
アンテステリア
アンテステリアは、春の始まりを祝うアテネの祭り。
この祭りには召使いや奴隷、身分の隔たりなく参加することができました。
祭りの期間中、死者は冥界から蘇るとされ、死者の魂とともに、暴力的な死を擬人化した女性の死の精霊ケレスも街をさまよいます。
人々は邪悪な霊から身を守るため、シロツメクサの葉を噛んだり、ドアにタールを塗り死者の侵入を防ぎます。
祭りは3日間にわたって行われ
- 初日は、ピトイギア(壺を開ける)。ワイン樽が開けられます。[
- 2日目は、ホエス(注ぐ)。飲酒とともにディオニュソスのための厳粛な儀式が行われ、人々は、ディオニュソスの側近に扮して親しい人を訪ねます。
- 最後の日は、キスロイ(壺)は死者に捧げられる日。亡くなった親族の墓に献酒を捧げ、死者の魂に冥界へ戻るよう命じる儀式が行われ、ケレスも冥界に戻ります。
バッカナリア
ローマでは、バッカスの最も有名な祭りは、バッカナリア祭とされます。
これらの儀式では、生きた動物を丸ごと食べたとされます。
この慣習によって、バッカスの幼児の死と再生を再現し、狂気を生み出したとされます。
リベルリア祭
リベルリア祭は少年の成人を祝う祭り。
ローマの民はバッカスを、リベルリア祭の「自由な父」として崇めています。
けれど、
古代ローマは本来の祭を下品で道徳を逸脱したものとし、国家が承認し監督する形式を踏まえたものに規制し、リベルとディオニュソスの祭りとを統合したものとされました。
その他
- アッティカのハロア祭、
- 主にアッティカの農民が祝うアスコリア祭、
- アテネとイオニアで行われたレナイア祭
などがあります
ディオニュソス秘儀
ディオニュソス秘儀は古代ローマやギリシャで行われていた儀式。
信仰者を抑制や社会的制約から解放し、自然な状態に戻すことを目的に行われていました。
儀式は、ブドウのライフサイクル、バラバラになったブドウの実から生まれるワイン信仰と関連しており、ワインは人生の変遷を儀式的に表現する上で重要な役割を果たしていました。
儀式は奴隷、非市民など、社会で疎外された人々も参加し、酩酊を促す植物ややトランス状態促す演出も施され、ヤギや雄牛を生贄とし、参加者や踊り手は仮面を被ります。
秘儀は時と共に。より超越的、神秘的なものに変化していったとされます。
けれど、ディオニュソス崇拝の多くの側面は未だに知られておらず、ギリシャ・ローマ多神教の衰退とともに失われました。
古代ギリシャの密儀宗教であるオルペウス教は、ディオニュソス秘儀を基礎としています。
冥界を往還したディオニュソスもしくはバッコスの魂と肉体の離脱、転生、輪廻からの解脱などを基本的な教義として信仰されています。
神話の中のディオニュソス
誕生
ディオニュソスは大神ゼウスとテーバイの王女セメレーの間に生まれました。
ゼウスの妻へラはセメレーの妊娠を知ると乳母ベロエーに扮し、セメレーに近づきます。
「あなたの愛しいお方は本当にあのゼウス様なのですか? お子様の父になる方が何者なのかは知っておく必要があるのでは? 本当にゼウス様なのなら、天上での本当の姿を見せてくださいとお願いしてみては?」っと。
セメレーはその通りゼウスにお願いします。
けれど雷霆を持ったゼウスの姿のその光は人間を焼く尽くす力を持っていたのです。
人間のセメレーの体は耐えきれず燃えて死んでしまいます。
ゼウスはかろうじてお腹の子を救い出すと、自分の腿(もも)に入れて育てることにしました。
こうして、月日が満ち、ディオニュソスは誕生しました。
幼年期
生まれたディオニュソスはセメレーの姉妹であるイーノーに託され、娘として育てられます。
イーノーの夫アタマースはこれを黙認していましたが、それを知ったへラはイーノーの夫アタマースに狂気を与えます。
アタマースが白い鹿を見つけて矢を射ますが、それは実はイーノーとの息子レアルコスで、狂ったアタマースはさらにレアルコスの体を引き裂き、もう一人の息子メリケルテースを抱いて逃げるイーノーを追い詰めます。
追い詰められた母子は海に身を投げ死亡。
ゼウスはディオニュソスを育てた恩義に報いてイーノーを女神レウコテアーとし、メリケルテースは海神パライモーンとしました。
放浪の旅
成長したディオニュソスは、ブドウ栽培などを身につけて、ギリシアやエジプト、シリアなどを放浪します。
一説にはディオニューソスはへーラーによって発狂させられ、各地を彷徨することになります。
ディオニューソスにはサテュロスたち信者が従い、その権威と魔術・呪術により、インドに至るまでの広い地域で信仰を広めてゆきます。
そして信仰を持たぬ者に対しては狂気を与えたり、動物に変えるなどの力を持って、人々の畏怖の念を獲得してゆきます。
エドニアの王リュクルゴス
ディオニューソスはバルカン半島に位置するトラキアを訪れた際、エドニアの王リュクルゴスの迫害を受けることになります。
そのためにエドニアは不毛の地となり、リュクルゴスは発狂、我が子をブドウの木と思い込み殺してしまうことになります。
リュクルゴスが正気に返ってもエドニアの不毛は回復せず、「死ぬまで元に戻らない」と告げられた住民達によってリュクルゴスは馬裂きにされ死亡しています。
テーパイの王ペンテウス
テーパイの王ペンテウスは、従兄弟であるディオニュソスの影響を憂い、信仰を禁止して彼を捕らえようとします。
けれどディオニュソスはテーパイの町中の女性達を帰依させ、山中に誘い込みます。
そしてディオニュソスたちの様子を伺うペンテウスは捉えられ、信女達の手によって、引き裂かれてしまいます。
その中にはペンテウスの母であるアガウエーも加わっていました。
イカリオス
アテナイに近いイカリアという村で農夫イーカリオスに厚遇されたディオニュソスは、お礼にイーカリオスに葡萄の栽培とワインの製法を伝授します。
イカリオスは完成したワインを羊飼い達に振舞いますが、初めて飲む酒の「酔い」を理解できない羊飼い達は、毒を盛られたと勘違いしてイカリオスを殺してしまいます。
娘のエーリゴネーも彼を見つけて悲嘆の余りに首を吊り、飼犬のマイラとともに死んでしまいます。
この事を知ったディオニュソスは怒り、アテナイ人達がイカリオス父娘を祀るまで、彼等の間に疫病を流行らせます。
また、イカリオスを牛飼い座、エリゴネを乙女座、マイラを子犬座にしたとも伝えられています。
ヘラとの和解
神に仲間入りを果たした後、ディオニューソスはヘラとも和解します。
ヘラが息子ヘーパイストスの罠に掛かり、黄金の椅子に拘束され身動きが取れなくなった時、ディオニューソスはヘーパイストスに酒を飲ませ酔わてオリュンポスに連れ帰ります。
この功績により、へラとディオニューソスの和解が実現します。
アリアドネとの結婚
アリアドネはミノタウロス討伐のために島を訪れたテセウスに恋し、自分を妻とする事を条件で手助けをしますが、テセウスに裏切られ置き去りにされてしまいます。
そんな悲嘆にくれたアリアドネを偶然出会ったディオニュソスが見初めます。
ディオニュソスはアリアドネーを妻にし、結婚の贈り物に宝石をちりばめた黄金の冠を授けました。
彼女が亡くなるとディオニュソスは、その黄金の冠を天に投げます。
冠の輝きは増して「かんむり座」という星になりました。
敵にもライバルにもなるディオニュソス
『真・女神転生』では破壊神のひとり。なんかカラフルな神様です。
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ディオニュソス まとめ
狂気と死に満ちたディオニューソス、なんとも怖い神様です。
こんな内容を知ってしまうと、なるほど深酒は身を滅ぼすのだと恐怖します。