ニルス・ブロマー作 1850 年『エイギルと彼の 9 人の波 』
北欧神話では、戦場で死んだ勇者の魂はオーディンの館ヴァルハラ、病死した者はヘルヘイム、円満な家庭を築いた夫婦はオーディンの妻フリッグの館に迎えられるとされます。
そして、海で死んだ者の魂はこの海神・エーギルの館に迎えられます。
エーギルは荒れ狂う大海の神。
下半身が魚の尾を持つ人魚の姿で描かれることも多い、白髪、白髭の老人。
外洋を支配する、ユミルの子孫である巨人族ヨトゥン・エーギルとその家族、
海の精霊・ラーンと9柱の波の乙女たちのご紹介です。
目次
エーギル、海で死んだ魂を迎える北欧神話の海神
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ハイネ作 『エーギルの横で網を引くラン』
エーギルとは
エーギル(Aegir)は北欧神話の海神。
白髪・白髭の老人。
ヨトゥン(霜の巨人)族、あるいはヴァン神族の長ともされる海が擬人化された神。
妻は海の精霊・ラーン。
2柱の間の子、波を象徴する9柱の乙女とともに北欧の外洋を支配し、ともに深海の宮殿で暮らしています。
その宮殿には海に沈んだ財宝が集まり、その輝きで深海でも照明は不要であるとか。
戦場で死んだ英雄の魂はオーディンの館ヴァルハラに迎えられますが、海で死んだ魂はこのエーギルの館に迎えられると伝えられています。
エーギルの家族
19世紀の『エッダ』の挿絵
◾️ 妻は ラーン 海の精霊
ラーンは大きな網を所有し、嵐の海ではその網で船や人を捉え、海中に巻き込むといわれています。
そのため北欧の人々は、航海に出る時には黄金を用意したといいます。
もし溺れてラーンに捕らえられても、黄金を渡せば安穏の館に迎えられるのです。
そして、溺死した者の霊が自身の葬儀に現れたなら、ラーンに温かく迎えられたのだと信じられていました。
◾️ 父は ヨトゥンのフォルニョート
◾️ 兄弟は
⚫︎ロギ 火を支配する神
ロギはトールとロキがヨトゥンヘイムの巨人ウートガルダ・ロキの城を訪れた際、ロキと早食いを争っています。
野火そのものであるロギは肉を入れた壷までも食べ尽くし、ロキに勝利しています。
⚫︎カーリ 風を支配する神
カーリは父・フォルニョートの王国の後継者
その子孫がフィンランドとクヴェンランド(スカンジナビア半島)の支配者となっています。
◾️子供たち
⚫︎波の乙女
- ヒミングレーヴァ(天に輝く者)
- ドゥーヴァ(沈める波)
- ブローズグハッダ(血まみれの髪)
- ヘヴリング(高くせり上がる波)
- ウズ(叩き付ける波)
- フレン(重なる波)
- ビュルギャ(取り囲む者)
- バーラ(漂流者を弄ぶ大波)
- コールガ(押し寄せる大波)
波が擬人化された9柱の乙女たち。
一説には、この乙女たちはヘイムダルの9人の母と同一人物とされています。
⚫︎スネル 雪が擬人化された神
⚫︎ゲルズ フレイの妻
古エッダ『ロキの口論』の中でエーギルは別名ギュミルと呼ばれますが、フレイの妻・ゲルズの父も同名であるため、一説には同一人物であるとされています。
海の擬人化
ハンス・ダール作「エーギルとランの娘たち」
エーギルの名は海を意味し、海を表現する言葉にもその名が用いられています。
- 船は「エーギルの馬」
- 波は「エーギルの娘たち」
- 『エーギルの あぎと (あご、エラ )」、エーギルは船に噛みつき破壊することもあり、エーギルが起こした波を表現する言葉として用いられます。
北欧の英雄・ヘルギを語った詩のエッダのひとつ『ヘルガクヴィダ・フンディングスバナI』の中でヘルギの船が激しい海を渡る様子が表現され、海の擬人化であるラーン、エーギル、そしてエーギルの娘たちが言及されています。
エーギルは自然の脅威を見せつける外洋を支配する荒神。
船を破壊し、人間を溺れさせる恐ろしい一面もありますが、その一方でオーディンが戦場で死んだ勇者をヴァルハラへ迎えるように、海で死んだ者の魂はエーギルの宮殿に迎えられるとされています。
ニョルズとの関係
北欧神話の海神としてフレイ・フレイヤの父であるニョルズが挙げられますが、ニョルズは人間が関わる海・港湾の神。
これに対して、エーギルは人間に無慈悲な自然の脅威を司る外洋の神とされます。
エーギルとエール
『エッダ』(1893年)の挿絵 「ヒュミル、トール、ヨルムンガンド」
エーギルはエールとの関係も語られています。
詩のエッダ『ヒュミスクヴィダ』のエールにまつわる物語の中でエーギルは重要な役割を果たします。
神々はしばしば狩りに興じ、その後、喉の渇きを潤すエールの酒宴を楽しみます。
ある時、エールの醸造に適した大釜がエーギルの家にたくさんあることに気づきます。
そこでオーディンはエーギルに「アース神族のための饗宴を用意する」よう告げます。
ヨトゥンであるエーギルはアース神族のオーディンの依頼に一計を案じ、トールに特定の大釜を持ってくるように頼みます。
大釜を探すトールの旅については詩のエッダ『ヒュミスクヴィダ』、『スノッリのエッダ』『ヒュミルの歌』で語られています。
『ヒュミスクヴィダ』の中で
トールは釜の持ち主ヒュミルを訪ね、大釜を持ち帰ります。
エーギルはその釜で作ったエールで酒宴を催します。
その酒宴ではエーギルの侍女であるフィマフェンとエルディルが素晴らしい働きをし、神々の称賛を得ます。
けれどロキはフィマフェンを殺害。
その内容は『古エッダ』『ロキの口論』の冒頭で語られています。
フィマフェンとエルディルの称賛の声を聞いたロキはフィマフェンを殺害。
それを見ていた神々に酒宴の席から追い出され、エルディルと言葉を交わします。
ロキは静まりかえった会場に戻り、神々に対する様々な無礼をはたらくことになります。
エーギル、現代も基本は北欧神話キャラ?
『アズールレーン』の エーギルはエーギル神に因んだ銀(白)髪の美少女
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『ONEPIECE』のエーギルは臆病で泣き虫なエルバフに住む巨人族の少年。
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『アークナイツ』のエーギルはエーギル人と称される海洋に住む種族
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エーギル まとめ
陸より遥かに広大な海の財宝が集められたエーギルの宮殿というのは、さぞ絢爛豪華なものなのだろうと想像します。
けれど、三途の川を渡るのにも六文銭が必要だし、黄金を渡さなければエーギルの宮殿にも迎えてもらえない。
死んでも貧富の差で待遇も違うのは、なんか、哀しいものがあります。