パウルス・モレルス 作
ギリシャ神話の半獣神アイギパーン(パーン)は、醜い容姿で好色、
幾人ものニュンペーを追いまわす、まさに半獣といったイメージの神様。
けれど、12星座の山羊座になった神。
そして、一説には原初に卵から生まれた両性の神。
「宇宙全ての神」を意味する太古の神でもあるのです。
そんな意外とも思えるアイギパーン(パーン)の起源や、ギリシャ神話に登場するアポロンやニュンペーたちとのエピソードについてもご紹介。
もしかしたら、外見で判断してはいけないたとえの神様かも。
目次
パーン(アイギパーン)、山羊の下半身と角を持つ太古の神
ピーテル・パウル・ルーベンス作
アイギパーン(パーン)とは
パーン( Πάν, Pān)またはアイギパーンはギリシャ神話の牧人と家畜の神。
ローマ神話のファウヌス(Faunus)と同一視されます。
半獣の精霊サテュロスと同じ四足の獣のような臀部と脚部、牡山羊のような角をもち、絵画に描かれるインキュバス(夢魔)や悪魔をイメージさせる外見。
父親はゼウスともヘルメスともいわれ、母親はニュムペーであるといわれています。
酒神ディオニュソス神と行動を共にすることも多く、パニックという言葉の起源になった、12星座の山羊座になった神としても有名です。
パーンの誕生
ウォルター・クレイン作
バーンは上半身は濃い体毛で覆われ、下半身は山羊、頭には牡山羊や悪魔のような角が生えた奇妙な容姿です。
ニュンペーである母は出産を嘆いて育児を放棄。
けれど父であるヘルメスはパーンの存在を気に入り、野兎の皮でくるんでオリュンポスの神々にお披露目します。
すると全ての神々もこれを喜んだので『全ての神を喜ばせる』を意味するパーンの名が付いたといわれます。
この《すべて》の結びつけで、後の哲学者たちによって、パーンは「すべての神」→「宇宙神」として理解されてゆきます。
パーンの起源
ピーテル・パウル・ルーベンス作
パーン神の信仰は古く、古代ギリシャの密儀宗教オルペウス教の創世神話に登場する原初の両性の神、プロートゴノスあるいはパネースに起源すると考えらます。
この神は原初に卵より生まれた両性の神で、自身の娘、夜を司る女神・ニュクスとの間にガイア(大地)とウラノス(天)を生みます。
パーンは紀元前5世紀頃からアルカディアを中心にすでに崇拝されており、アルテミスに猟犬を与えたり、アポロンに予言の能力を開花させたのはパーンだとする文献も存在しています。
パニックの語源になったパーン神
フランツ・フォン・シュトゥック著
ギリシャ神話最強の巨神テュポーンがゼウスを打ち負かそうとオリュンポスに攻め入った時、これを恐れてギリシアの神々が動物に化けてエジプトに逃げてエジプトの神々となったという説があります。
その時、パン神は上半身が山羊で下半身が魚というちぐはぐな姿に化身します。
これが起因して「パニック」という言葉が生まれました。
パーンは、突然混乱と恐怖をもたらすことがあります。
葦笛を吹き、人や家畜に「恐慌」を与えます。
また、パーンは自身が昼寝をしているのを邪魔されるのにも激しい怒りを表します。
これがパニック(Panic)の語源となっています。
ちなみに星座の山羊座は、パーンがテュポーンから逃げる、上半身がヤギで下半身が魚の姿を表しています。
神話の中のパーン
ヤコブ・ヨルダーンス 作
テュポーンからゼウスの手足の腱を取り戻すパーン
怪物テュポーンの襲撃にパニックを起こし奇妙な姿で逃げたパーンですが、テュポーンがゼウスの手足の腱を奪ったときには、ヘルメスと一緒にそれを取り戻したという勇ましいエピソードがあります。
テュポーンはゼウスから手足の腱を奪うと、コーリュキオンという洞窟にそれらを隠して、デルピュネーという女怪物に番をさせます。
それを取り戻し、ゼウスの勝利に貢献したのがヘルメスとパーンでした。
パーンとアポローン
ゲリット・ファン・ホントホルスト作 1625年
ある時、パーンは山の神トモーロスが審査員となって、アポローンと音楽の技を競うことになります。
パーンは笛の音でパーン自身とそこに居合わせたペシヌスの王ミダース(『王様の耳はロバの耳』で、耳がロバになってしまった王様のモデル)を楽しませます。
次いでアポローンが竪琴を奏でます。
審査を務めたトモーロスは一聴し、アポローンの勝利を告げ、それにミーダス以外の誰もが賛同します。
ただ、ミダースだけが異議を申し立てます。
これに怒ったアポローンはこのような悪趣味な耳にわずらわされないよう、ミダースの耳をロバの耳に変えてしまいます。
パーンとシューリンクス
フランソワ・デトロイ作『 パンとシリンクス』
アルテミスの侍女に、アルカディアの野に住むシューリンクス(Συριγξ、Syrinx)という美しいニュンペーがいました。
シューリンクスはサテュロスや他の森に住む多くの者に愛されていましたが、処女神アルテミスの影響もあって、言い寄る男達を軽蔑していました。
ある日、狩から帰ったシューリンクスはパーンと出会います。
シューリンクスは逃げ出しますがパーンはラードーン川の土手までシューリンクスを追いかけ捕えようとします。
その瞬間シューリンクスはラードーン川の女神に祈り、川辺の葦になってしまいます。
風が葦を通り抜け、悲しげな旋律を奏でます。
パーンはこの葦で楽器を作ります。これは「パーンの笛」と呼ばれ、パーンの手にはしばしばこの笛が描かれています。
パーンとエーコーあるいはピテュス
パーンとエーコーのエピソードも有名です。
パーンは自身を拒むエーコーを憎み、信者にエーコーの殺害を命じ、その死体はバラバラにされ世界中に散らばります。
そして、今も世界の至る所でエーコーは木霊となって他の者の声の語尾を繰り返しています。
パーンはピテュス(Πιτυς、Pitys)というニュムペーにも拒まれています。
ピテュスはそのために松の木になりました。
パーンが松の木の冠をかぶっているのはこのためであるとか。
パーン(アイギパーン)、現代では美形の野獣にもなれる神
2006年公開、数々の映画賞を受賞するダークファンタジー映画『パンズ・ラビリンス』では、パーンは迷宮の番人、オフェリアを地底の国に導く使者として登場しています。
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「神撃のバハムート」では「旋律の奏楽団ガチャ」で入手可能な[牧奏神]パーン。
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「ロードオブヴァーミリオン」ではⅢの世界で使い魔「神」カードとして登場しています。
バーン(アイギパーン)、まとめ
シリンクス - ヤン・ブリューゲル 作
筆者にとってパーン神はディオニュソスのパシリというイメージが強い神。
ディオニュソスも血塗られた生涯をたどる神ではありますが、パーン神もやはり破滅や死を招くというイメージがあります。
ニュンペーにとっては決して気付かれぬようにしなければならない存在。
人間界の方が法律で守られている分、神々の天上界よりは女性にとっては安全なのかもしれません