ネットの世界では、自分の分身となるアバターを作りますが、その語源がヒンドゥー教の世界を維持する神・ヴィシュヌだということをご存知ですか?
ヴィシュヌは世界が混沌に陥った時、さまざまな存在に化身して地上に現われます。
その姿はインド神話の英雄・クリシュナや仏教の始祖・ブッダなど。
そんな想像の域を超えた存在、ヴィシュヌ神とは如何なる神なのかを探ります。
ヴィシュヌ、世界を維持する神
ヴィシュヌ(Viṣṇu)は、シヴァと並ぶヒンドゥー教の最高神。
宇宙の根本原理*ブラフマンを神格化したものとされ、破壊神・シヴァ、創造神・ブラフマーと三神一体(トリムルティ)、世界を維持することを司る神です。
ブラフマンとは
ブラフマンとは、ヒンドゥー教の聖典であるヴェーダ時代から存在する概念。
宇宙で最初に存在した、宇宙や自然界を活動させる原動力を意味します。
ひとは「梵我一如」(自然的世界の根本原理であるブラフマン(梵)と、人格的な自我の原理であるアートマン(我)が同一であるという思想)の境地を得ることで永遠の至福へ到達できるとされています。
ヴィシュヌ神とは
ヴィシュヌの最大の使命は世界が混乱に陥った時、その化身が悪を滅ぼすために降臨し、ダルマ(秩序)を回復し地球を維持する、というもの。
ヴィシュヌの名は「遍く満たす」を意味します。
紀元前5世紀、インドの学者ヤースカはヴィシュヌの語源を「どこにでも入る者」「枷や束縛から離れた者」であると記しています。
配偶者は富と幸運と繁栄の女神ラクシュミー。
ラクシュミーはヴィシュヌが化身し、 ラーマとクリシュナとして地上に転生したとき、共にそれぞれの配偶者、シータとラダ、またはルクミニとして転生しています。
ヴィシュヌは*ヴァイクンタという天界に住い、半神の鷲*ガルーダに乗り世界を駆け巡ります。
ヴァイクンタ
インドのヒンズー教哲学者ラマヌジャ(西暦1020〜1100年頃)はヴァイクンタは「永遠の天の領域」「神の住まう神聖な不滅の世界」であるとしています。
黄金の宮殿や、果実や食物が育つ空中庭園を持つ惑星。
双子の神ジャヤとヴィジャヤがドヴァラパラカ(門番)として、最高司令官ヴィシュヴァクセナ率いる軍隊がその地を守ります。
ヴィシュヌとその化身(アヴァターラ)を最高神とする宗派ヴァイシュナヴァの文献では、ヴァイクンタは14のロカ(世界) を超えた領域、ヴィシュヌの信者が解脱を達成するために訪れる地としています。
ガルーダ
ガルーダは鷹、あるいは人間の体に鷹の頭と翼をもつ半神。
旅するヴィシュヌのヴェーダ(知識の意味。化身と解釈されます)とも考えられています。
ガルーダは母の呪いを解くために天界へ攻め入り、風神ヴァーユや神々の王インドラを退け不死の薬・アムリタを手に入れた物語で知られています。
インドの二大叙事詩のひとつ『マハーバーラタ』ではヴィシュヌとガルーダの出会いが記されています。
アムリタを奪ったガルーダとヴィシュヌは交戦、決着がつかず、ヴィシュヌはガルーダに自分のヴァーハナ(神々の乗り物)になれば“不死と高い地位”を与えると提案、ガルーダはこれを受け入れたといわれています。
発祥
『リグ・ヴェーダ』
ヴィシュヌは古代インドの聖典『リグ・ヴェーダ』(紀元前1200年〜1000年)の中で語られています。
けれどこの中でヴィシュヌを讃える賛歌は1028篇のうちの5編にとどまります。
その中でのヴィシュヌは天・地・空を翔る神。
『プラーナ文献』
その後、ヴィシュヌ神を主体とするヒンドゥー教聖典の総称『プラーナ文献』(紀元前900-500年)が作られます。
その中でのヴィシュヌは
- 目は南の天極にあり、そこから宇宙を観察している
- ヴィシュヌはヒラニヤガルバ(金の卵の意)であり、そこからすべての生物の雄と雌が生まれた
とされます
ヒンドゥー教が成立し普及されるのに伴い、ヴィシュヌは化身することでそれまで信仰されていた各地の神々を取り込んで勢力を拡大していきます。
こうしてヴィシュヌの存在は絶対なものとして信仰を集め、やがてブラフマーと同等の最高位、シヴァと勢力を二分する偉大な神となります。
神格と役割
ヴェーダに起源をもつ神でヴィシュヌは、太陽の光輝が神格化されたものとされます。
『リグ・ヴェーダ』のヴィシュヌは天・空・地の三界を三歩で踏み越える神。
人間の安定した生活を守る、寛容で慈愛あふれる神です。
ヴィシュヌは世界が悪や混乱に晒される時、ダルマ(生命と宇宙を可能にする「秩序と習慣」)を守るために、世界を守る神として降臨します。
その姿が「アヴァターラ (化身)」、それが現代の自分の分身となるアバターの語源となっています。
容姿
ヴィシュヌは青、青灰色、または黒色の肌、4本の腕を持つ神。
キリタムクタと呼ばれる冠を被り、カウストゥバとよばれる紋章の入った宝石、ヴァイジャヤンティという名の勝利の花輪を身につけ、黄色の衣装をまといます。
- 上の右手には108のノコギリ歯を持つ円盤武器スダルシャナ・チャクラ。邪気を弱め、毒を中和する、ダルマを回復するものとされています。
- 上の左手には神を鼓舞し魔を脅かすパーンチャジャニヤとよばれる法螺貝。法螺貝の螺旋は循環的存在のすべてを象徴しています。
- 下の右手には権威と知識の力を象徴する棍棒(矛)カウモーダキー。
- 下の左手には純粋さと超越性を象徴するパドマナーバ(蓮の花)が持たれています。
また、太陽の矢を放つ弓シャールンガ、ナンダカ呼ばれる刀を持つ姿でも描かれています。
手に持つアイテムは24の組み合わせが生じ、それぞれの組み合わせがヴィシュヌの個別な形態を表しています。
ヴィシュヌはしばしばとぐろを巻く龍神アナンタの上に横になる姿や、妻ラクシュミーとともに原始の乳の海クシラ・サガラに浮かぶ半神の蛇シェシャ(時間を表す)のとぐろの上で眠っている姿が描かれています。
ヴィシュヌの臍からは蓮が伸び、その花からブラフマーが生まれています。
これらはヴィシュヌが全知の存在であることを表していると伝えられています。
ヴィシュヌの10のアヴァターラ (化身)
叙事詩『マハーバーラタ』に収められる聖典のひとつ『バガヴァッド・ギーター』にヴィシュヌの発言があります。
「もろもろの善を行う者たちを守る為に、アダルマ(悪・不道徳)を行うものたちを滅ぼすために、ダルマ(正義・道徳)を打ち立てるために、私はそれぞれのユガ(世界期)に出現する」
ヴィシュヌは世界がアダルマ(悪)の危機に晒される時、自身を様々な存在に化身させて降臨、苦しむ人々を救います。
代表的な10種の化身は「ダシャーヴァターラ(10のアヴァターラ)」と呼ばれています。
マツヤ
第1のアヴァターラ(化身)は巨大な魚マツヤ。
太陽神スーリヤの息子マヌ王が川で祖先の霊に水を捧げていると、手の中に角のある小さな金の魚マツヤが飛び込んで来きました。
マツヤは大魚に食べられないよう守って欲しいと頼み、マヌはマツヤを持ち帰り育てます。
マツヤはみるみる大きくなり、巨大な魚となって海に放魚されます。
ある日、マツヤはマヌに7日後の大洪水で全ての生物が死滅することを予言。巨大な船を造り、七人の賢者と全ての生物と植物の種子を乗せるよう告げます。
やがて大洪水が起こると、マツヤは船に蛇神のヴァースキを巻き、ヒマラヤの山頂へと牽引。
生き残ったマヌは人類の始祖となり、地上に生命を蘇らせます。
また、神々と敵対する魔族アスラが知識を意味する文献・ヴェーダを破壊しようとするとき、マツヤはそれを阻止しています。
クールマ
クールマは世界を支える、または包含する巨大な亀
乳海攪拌(インドの天地創造)の際、攪拌棒に用いられたマンダラ山を海底で支えています。
また、その際、神々と魔族が不死の霊薬・アムリタを手に入れるため争い、クールマは蛇神・ヴァースキを手伝い、見事アムリタを手に入れます。
ちなみに、争いの時にさまざまなものが生まれ、ヴィシュヌの妻・ラクシュミーはここで誕生しています。
ヴァラーハ
ヴァラーハは巨大なイノシシ、あるいは猪の頭を持つ男。
4本の腕を持ち、車輪と法螺貝、矛と剣、あるいは蓮を持ち、牙の間に大地を握る姿で描かれます。
大地の女神プリティヴィーが金の目を持つアスラ(魔族)・ヒラニヤークシャに海の底へと連れ去られ、大地は海の底に沈められてしまいます。
ヴァラーハはヒラニヤークシャを倒すために遣わされ、1000年に及ぶの戦いの末勝利を収めます。
ナラシンハ
ナラシンハは半獅子半人、頭がライオンの獣人。
ヴァラーハに殺された魔族の兄・ヒラニヤカシプは苦行をブラフマーに認められ、ひとつの願いを叶えられます。
それは「神やアスラ、人や獣にも、昼夜、家の内と外、地上や空中、そしてどんな武器にも殺されない体」というもの。
ヒラニヤカシプは不死の体を手に入れ、民を迫害します。
ナラシンハに化身したしたヴィシュヌはヒラニヤカシプを倒すため、ヒラニヤカシプの実子で父に迫害されていたヴィシュヌ信者のプラフラーダの助けを得てヒラニヤカシプを誘い出します。
そして、神でも人でも獣でもない半獣半人のナラシンハとして降臨し、地上でも空中でもないヒラニヤカシプの膝の上で、ヒラニヤカシプの体を引き裂き成敗しています。
ヴァーマナ
ヴァーマナは小人のアヴァターラ。
アスラの王バリは強大な力で天界・地上界・冥界を支配していました。
僧侶(あるいは貧しい少年)に変装したヴァーマナはバリに近づき、バリを褒めて(あるいはバリが自分の力を誇示したいため、「3歩分の土地が欲しい」というヴァーマナの頼みを承諾。
すると、ヴァーマナは巨人になり、1歩で地上界・2歩で天界・3歩で冥界をまたぎました。
けれどバリは約束を守ろうとせず、ヴァーマナはバリを不死身の体にして。頭を踏みつけ地底世界(冥界)へと押し込みました。
不死身となったバリは今も地底世界で生きているといわれます。
パラシュラーマ
パラシュラーマはリシ(聖仙)で斧の名人。破壊神シヴァの直弟子です。
修行中にアスラを倒し、師シヴァとの試合でシヴァの額に傷をつけるという稀代の戦士。
シヴァはその功績を認め神器パラシュと免許皆伝を授けます。
パラシュラーマはヴィシュヌの弓ヴィジャヤを持ち、奥義ブラフマーストラももとはパラシュラーマのものとされます。
パラシュラーマの功績は
- 自らの弟子であるビーシュマが背いたときにビーシュマと戦闘。地球をまたぎ、神を体に宿して戦っています。
- クリシュナにヴィシュヌのチャクラム、一度投げれば全ての敵を滅するスダルシャナ・チャクラムを授けています。
- 一部のクシャトリヤ (カースト制度の上から2番目で貴族・武人階級) たちが人々に乱暴したため、斧でクシャトリヤたちをこらしめました。
- 現世利益の神ガネーシャの牙を斧で折ったのもパラシュラーマとされます。
パラシュラーマは大陸を創生するために自らの神器パラシュを海に投げ捨てています。
けれど、ヴィシュヌの化身であるものの、多く殺生をしたため天には帰れず今もどこかで生きているとされます。
ちなみに、古武術カラリパヤットは パラシュラーマがヴィシュヌ神から習った武術。パラシュラーマはその開祖とされ、後に少林寺拳法や空手などの源流となっています。
ラーマ
ラーマはインド神話最高の英雄のひとり、古代インドの二大叙事詩のひとつ『ラーマヤナ』の主人公です。
誘拐された妻・シータを救うため、軍を率いて羅刹王・ラーヴァナに挑みます。
ラーマは古代インドのコーサラ国の王の長子、太陽神ヴィヴァスヴァットの直系として生まれた薔薇色の瞳を持つ英雄。
異母兄弟にバラタ、ラクシュマナ、シャトルグナがいます。
『ラーマーヤナ』のラーマは他の兄弟と共に羅刹王ラーヴァナを倒すためにヴィシュヌの4分身として生まれました。
聖者ヴィシュヴァーミトラの導きを受け、古代インドの都市ミティラーを尋ね、そこで王女シーターと結婚。
けれど、ダンダカの森で羅刹王ラーヴァナにシーターを略奪されます。
クリシュナ
クリシュナはインド二大叙事詩のひとつ『マハーバーラタ』『バガヴァッド・ギーター』では、古代インドの大英雄。ヒンドゥー教の最も信仰厚い神です。
『マハーバーラタ』の中でクリシュナは、ヤドゥ族長の息子でヴィシュヌの化身。『バガヴァッド・ギーター』では主人公でインドラ神とヤドゥ族の王娘クンティーの子アルジュナの導き手として登場しています。
ヤーダヴァ族の王は多くの悪行を働き、人々を苦しめていました。
ヴィシュヌはヤーダヴァ族の王の妹 デーヴァキーの胎内に宿り、クリシュナとして誕生。
王は妹の子が自分を倒すことを知り、生まれた子を殺してゆきますが、クリシュナは他の娘とすり替えられ死を免れています。
クリシュナは幼い時からその腕白さと怪力を発揮。
悪竜王カーリヤを倒し、インドラの祭祀の際、インドラを怒らせた牛飼いたちを山を引き抜いて雨から守っています。
『バガヴァッド・ギーター』の内容はパーンダヴァ軍の王子アルジュナと、彼の導き手クリシュナとの対話。
弟パーンダヴァ軍とカウラヴァ軍の戦いの際アルジュナは、クリシュナから「戸惑いを捨て武人としての義務を遂行するよう」諭されます。
その中に武人としての様々な心構えと、それに至るための手段などが対話として織り込まれているというもの。
ブッダ
ブッダは仏教の始祖。
魔族に仏教を教え、諭し、改宗させます。
そのため、ヒンドゥー教の教えを失った魔族の力は弱り、神々の力が増しました。
ちなみにいくつかの文献では化身はクリシュナの兄・バララーマ、またはジャイナ教の始祖の一人・リシャバとされています。
カルキ
カルキは白馬の頭の巨人、または白馬に乗った英雄。
ヴィシュヌ最後のアヴァターラです。
はるか未来、カリ・ユガ(悪徳)の時代、あらゆる悪を倒し、新たなクリタ・ユガ(黄金時代)を打ち立てる救世主です。
これもヴィシュヌの化身のひとつ?
ヴィシュヌとして登場する作品
悪魔と現代科学が融合した独特の世界観を持つゲーム「女神転生」シリーズでは、上位悪魔として登場。その後は、ヴィシュヌの化身のひとつであるクリシュナとしても出演しています。
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引きこもりのささみさんと、八百万の神々たちがくり広げるライトノベル『ささみさん@がんばらない』では、世界を取り戻すためにささみさんを鍛えます。褐色肌の美少女として描かれています。
『天空戦記シュラト』では美しい調和神として登場。日高秋亜人と黒木凱を天空人修羅王シュラトと夜叉王ガイに転生させた張本人です。
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アバターとして登場する作品
映画「AVATAR」はジェームス・キャメトン監督の代表作のひとつ。惑星パンドラの原住民ナヴィに化身し、パンドラを守ろうとするジェイク率いる原住民たちとパンドラを植民地化しようとする地球軍の攻防を描きます。
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「グランブルーファンタジー」では「ルシファーの遺産」と呼ばれる、複数の身体をを繋ぎ合わせた歪な星晶獣
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ヴィシュヌ まとめ
若い頃キリスト教は三角、仏教は円であると習いました。
欧米の神々が婚姻を結ぶことで縦横のつながりを作るのに対し、仏教・ヒンドゥー教の神々は化身として内包する、なるほど図形の違いを感じます。
そのスケールは人間の想像の域を超えていますが。。。