毎年、年明けには気になるその年の干支。
最近は見かけなくなりましたが、夜の繁華街で竹串のようなものを用いる占い師、その易も陰陽道に繋がってるとか。
悪霊やもののけを退治するだけじゃない
陰陽道は今でもいろんなところで用いられる太古からの学問。
安倍晴明だけじゃない、
じつは、役小角の呪術や忍者の忍術にも関わりがあるとか。
聖徳太子の時代から日本の政治に大きな影響を及ぼした陰陽道
呪文や術式まで、その全貌を探ります。
目次
陰陽道、太古の最先端なテクノロジー
陰陽道とは
陰陽道(おんようどう)とは、天文学や暦の知識をもって、自然の変化が人間に及ぼす影響を予測し、占術、呪術によって除災することを主な目的とした学問。
古代中国の陰陽五行説をもとに、神道や道教、日本古来の自然崇拝なども取り入れられ、独自の発展を遂げています。
発祥は飛鳥時代。
開祖は奈良時代の学者・吉備真備とされます。
自然の脅威に翻弄される当時の人々にとって、その変化を予測し、災害を逃れることは最大の関心事。
そのため、易学や歴道、天文道を駆使した六壬神課(天文と干支を組み合わせた占術)で自然を読み解き、方位や時間の吉凶を占い、祓(はらえ)をおこなう陰陽道は当時最新の学問として受け入れられます。
朝廷においては役職のひとつに「陰陽寮」がおかれ、「陰陽師」がその役割を務めています。
平安時代には安倍晴明(あべのせいめい)を主宰として最盛を極め、国家、政権への大きな影響力を持ちます。
けれど政権が武家に移って後徐々に衰退し、明治3年政府は「天社禁止令」を発布。陰陽道も廃止されています。
陰陽道体系
陰陽道は中国伝来の陰陽五行思想を基に、天文学・暦学・易学などの学問、神道・道教・仏教などの宗教、日本古来の自然崇拝も取り入れられた日本独自の呪術・占術です。
陰陽五行思想
陰陽五行思想は古代中国、春秋戦国時代(紀元前770年〜221年)に「陰陽思想」と「五行思想」を基に生まれた思想。
『万物は「陰と陽の二つの気」によって成り、「五つの元素(木火土金水)」によって循環している』という考え方です。
時間や、季節、易を表す概念。
- 干支(えと)
- 十二支(じゅうにし)
も陰陽五行思想によるもの。
現代でも用いられる「土用の丑の日」は「土用(五行の土)の丑の日」をいいます。
信仰する神々
🔳 冥府十二神
冥界に祀られる12の神々。
陰陽道ではこの冥府十二神の一柱・泰山府君を主神としています。
- 泰山府君
- 天曹
- 地府
- 水官
- 北帝大王
- 五道大王
- 司命
- 司禄
- 六曹判官
- 南斗
- 北斗
- 家親丈人
伝説では安倍晴明が使役した鬼神(式神)であるとされています。
🔳 方位神
その神のいる方位に吉凶をもたらす神々。
- 歳徳神 その年の福徳を司る神。その年、歳徳神のいる方位を恵方(えほう)といいます
- 天道神、
- 天一神
- 金神
- 十二天将(十二神将) 青龍、朱雀、白虎、玄武、勾陳、六合、騰蛇、天后、貴人、大陰、大裳、天空
- 四神(玄武、青龍、朱雀、白虎)
方違え
吉神のいる方角は「吉方位」、凶神のいる方角は「凶方位」。
陰陽道では、凶神のいる方角に向かう際、先に別の場所に移動して、方角を変えてから目的地に向かいます。
🔳 霊符神
霊符が神格化された神、または星神(星宿神)
- 鎮宅霊符神
- 天刑星
- 北斗七星
- 輔星
- 二十八宿
- 南斗六星
- 南極老人星(福禄寿)
- 螢惑星(火星)
- 三台
- 三万六千神
🔳 土地神、自然神
- 土公神(「地神」
- 五龍神
- 雷公
- 風伯
- 朱童
- 河伯
など。
祭祀
陰陽道が行った主な祭祀(さいし)は
🔳 五竜祭(ごりゅうさい)
雨乞いの儀式 水を司る「水神」である5龍を祀う
🔳 御霊会(ごりょうえ)
非業の死を遂げた怨霊の祟りを防ぐ鎮魂儀礼
🔳 追儺(ついな)
穢れ祓いの儀式。現在の「節分」
🔳 泰山府君祭(たいざんふくんさい)・天曹地府祭(てんちゅうちふさい)六道冥官祭(ろくどうめいかんさい)
穢れを祓い、人の命を司る泰山府君神に長寿・延命を願う祭祀
占術
🔳 易占(えきせん)
『易経』
🔳 式占(しきせん)
宇宙の相関図が縮小された「式盤(栻(ちょく))」を使った占い
🔳 暦占(れきせん)
暦によって人物・事柄・方角の吉凶を占う
- 天文占(てんもんせん) 天体現象や気象現象によって吉凶を判断する
- 相地(そうち) 風水術によって地相の吉凶をみる
呪術
🔳 セーマンドーマン
- セーマン 五芒星を描く結界
- ドーマン 「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行」の九字の護身法
🔳 鬼門封じ(きもんふうじ)
「鬼門」とされる方角に神仏を祀って「鬼」の出入りを封じる
🔳 式神(しきがみ)
人形に切った紙に、呪文や息を吹きかけ、命を宿したり、鬼神を召還し使役する呪術
🔳 射腹蔵鈞の術(しゃふくぞうきんのじゅつ)
物質の先を見る透視、人や物に宿る霊的存在や前世を視る視覚術
🔳 呪禁(じゅごん)
呪文を唱えながら執刀する呪術医療
🔳 蠱術(こじゅつ)
動物霊を使役する呪詛
🔳 禹歩(うほ)
魔除けや清めの効果がある歩行術
🔳 人形(ひとかた、ひとがた)
人形に呪詛をかける
🔳 身固め(みがため)
魔や穢れを祓って守護する呪術
🔳符呪(ふじゅ)
霊符を使って行う呪術
- 呪符(じゅふ) 呪をかけるための符
- 護符(ごふ) 身を守るための符(御札や御守の原型)
呪文
🔳 急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)
「早々に退散せよ」を意味する悪鬼を払う呪文
🔳九字(くじ)
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前(りん・びょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)」
- 剣印の法では 両手で印を組んで。
- 破邪の法では 手刀で四縦五横に九字を切り。
上記の九字を唱えます。
災厄と魔物から身を護る最強の護身呪文として、陰陽道、修験道、兵法、密教で用いられたとされます。
歴史
発祥
陰陽道の起源「陰陽五行説」の発祥は、紀元前二千年の古代中国にまでさかのぼります。
朝鮮半島を経て、日本には古墳〜飛鳥時代に仏教や道教と共に伝来します。
飛鳥~奈良時代
🔳推古天皇の時代(554年〜 628年)、聖徳太子(593年〜622年)が制定した「十七条憲法」「冠位十二階」は陰陽五行思想の影響が見られるとされています
🔳天武天皇(673年〜 686年)によって朝廷の律令体制に陰陽寮(おんみょうりょう)が取り入れられ、それを専門とする陰陽師が官職となります。
🔳役小角(634~701年)は、陰陽道を取り入れた修験道を極め、呪術、妖術、仙術をもって鬼神や神までも使役したと伝えられています。
🔳天平7年(735年)、吉備真備が唐から帰朝。
陰陽道の基盤を作ったとされます。
平安時代
🔳794年、桓武天皇は長岡京から平安京へと遷都
この頃より、怨霊を鎮める「御霊信仰」が重要視されるようになります。
政争を繰り返す朝廷で、菅原道真や平将門などの敗死した貴族たちの怨霊が恐れられ、陰陽道の悪霊退散の術が公的にも求められるようになります。
陰陽道は、密教・道教・神道とも融合し、日本固有の学問「陰陽道」として成立。
安倍晴明を主宰とし、雨を降らせ、病を癒し、怨霊を鎮める(史実と伝説も含め)などの功績をもって最も栄えた時代を迎えます。
🔳藤原氏の摂関政治(866年〜1086年)の間、政治的にも大きな影響力を持ちます。
鎌倉・室町時代
🔳鎌倉時代(1185年〜1333年)、源頼朝によって武士政権が樹立。
国家機密とされていた陰陽道は次第に貴族や民間にも広まり、「法師」と呼ばれる民間の陰陽師も現れます。
🔳室町時代(1336年〜1573年)足利尊氏が京都室町に幕府を制定。
忍者が重用されるようになります。
その忍術は陰陽道に長けた忍の祖・大伴細人によって陰陽道と修験道を取り入れた術とされます。
民間に流出した陰陽道は、信仰や儀礼として独自の変遷を遂げてゆきます。
江戸時代
陰陽道は政治に影響を及ぼすことはなくなり、暦や方角の吉凶を占う民間信仰として定着。
明治時代
1870年(明治3年)、政府は「天社禁止令」を発布。陰陽道は迷信として廃止されます。
陰陽道 まとめ
夜が闇に支配される太古、魑魅魍魎の存在を恐れる気持ちはわかります。
どれだけの効果があったのかは別として、信じることで心を強く持てるのなら、その存在も意義あるものなのではないかと思います。
実際、私個人も高島易、星座、血液型なんかの性格占いも信じています。
風水も効果があるのだろうし、天文学や地理、宗教、全てがミックスされた最強の学問「陰陽道」を武器にした「陰陽師」。
頼もしい存在。
空を飛んだかはわかりませんが、今でいうスーパーヒーローですね。
夢があって、異世界のようで、私は好きです。信じたいです。