
テオドール・キッテルセン作「Nøkken」、1904 年
ノッケン、ニクシー、ニクセ、日本人には馴染みの薄い名ですが、主に北欧やケルト圏の伝承では古くからさまざまな名で多くの物語が伝えられる水の精霊。
ウンディーネやローレライ、ラインの乙女やメリュジーヌなんて怪物もこれらの水の精霊に属します。
美しい乙女やバイオリンを奏でる裸の男性、馬の姿になって、犠牲者を水の中に誘い込む水の精霊。
グリム童話の中でも語られる、ノッケン、ニクシー、ニクセに注目です。
ノッケン、ニクシー、ニクセ、人魚、水馬、怪物、多くの伝承を持つ水の精霊

ネッケン(「水の精霊」)エルンスト・ジョセフソン作、1884
ノッケン、ニクシー、ニクセとは
ノッケン(Nøkken / Näcken)、ニクセ(Nixe)・ニキシー(Nixy)はヨーロッパの多くの国の神話や伝承で語られる、小川や湖に棲む、姿を変える能力を持つ水の精霊。
言語圏によって異なった名で伝えられています。
- ドイツでは 男性はNix(ニクス)、女性はNixe(ニクセ)
- オランダでは nikker (ニッケル),、nekker (ネッカー)
- ノルウェーでは nøkk (ノッケン/ネック)
- スウェーデンでは näck (ネッケン)
- フィンランドでは näkki (ナッキ)
- エストニアでは näkk (ネック)
- デンマークでは nøkke(ネッケ)
- アイスランドでは nykur(ニークル)
- 古英語では nicor(ニコール/ニッケン)
姿も伝承によって異なります。
主のものとして
⚫︎美しく若い女性 ー 歌声で若い男性を魅了し深みに誘い、溺れさせる
パラケルススが提唱するウンディーネもニクスに属します。
⚫︎バイオリンを奏でる男性 ー ノッケン(Näcken)、Strömkarlen「流れの男」、ノルウェーでは「フォッセグリム(Fossegrim)」として知られています。
主には美しく若い男性(裸の老人という伝承もあります)、水辺の岩の上に座って楽器(バイオリン)で美しい調を奏で、女性や子供を水中に誘い込みます。
⚫︎川の人魚 ー ドイツのローレライやフランスのメリュジーヌもニクスに属します。
⚫︎小川の馬
その多くは水辺に棲む、美しい音楽で人々を惑わし、水中に引き込む存在として語り継がれてきました
小川の馬(水馬)

テオドール・キッテルセン作
水馬( waterhorse)は、ケルト圏や北欧の神話や民間伝承で語られる馬の姿をした水の精霊。
ケルト圏では
- ウェールズではセフィル・ドゥール (Ceffyl Dŵr) 、ニキシー(nixie)が変身した姿とされます
- アイルランドではキャビル・アシュティ (Capaill Uisce )
- スコットランドではイーチ・ウイスゲ (each-uisge )やケルビー (kelpie )
として伝えられています。
北欧では
- スウェーデンではブルックホース (bäckahästen)
- アイスランドなどのゲルマン民話では単にニクシー 、ニクル (nykur)とも呼ばれます。
ニクル(Nykur / Nykur )は深淵に巣穴を持つ、水中に生息する水の精霊。
しばしば陸にあがり、人間に害をなす危険な存在です。
おとなしくて従順そうな美しい小馬として人前に現れ、人に撫でさせようとします。
けれど、その尻尾に触れようとすると、尻尾にくっついてしまい、水底まで引きずり込まれてしまいます。
また、時には美しい若者の姿で女性の前に現れます。
そして、自分について来れば自分の館で喜びと楽しみが待っていると約束。
けれど、もし女性が彼の正体に気付いた場合、ニクルは彼女たちを溺れさせなければなりません。
ニクルは、あらゆる動物の姿に自在に変身できるとされます。
通常は馬の姿で、背中に十字架を刻むことで彼を支配できるとも伝えられています。
特徴
多くの国で語られる水の精霊の特徴としてまず挙げられるのが、
- 小川や湖などの淡水に棲む精霊
- あらゆる動物になることができる変身能力を有している
というところ。
19世紀、グリム兄弟の兄で民俗学者でもあったヤーコプ・グリムは、ニクシーを 「音楽、歌、踊りを愛する、歌で若者を惹きつけ、深みへと誘う水の精霊。 人間の姿をしていても、どこかに動物の特徴を残している。 ニクスは耳が裂け、ニクシーは濡れたスカートをはいている」
としています。
水の精霊は人間を水中に誘い、溺れさせる怖い存在とされます。
けれど、すべてが必ずしも悪意を持っているわけではありません。
多くの物語の中の水の精霊は甘い歌声で異性や子供を魅了する無害な存在。
恋をした人間と結ばれる物語も数多く語られています。
ただし、これらの物語の多くは、水の精が故郷である湖や小川に戻るところで終わっています。
水の精は頻繁に水との接触が必要とされます。
民間伝承

アーサー・ラッカム 作
ノルウェー
ノルウェーのフォッセグリム (Fossegrim )はスカンジナビアの民間伝承に登場する水の精霊あるいはトロール。
小川や滝でバイオリンを奏でる美しい裸体の男性(服装については物語で異なります)。
ノッケン(Nøkken)、スウェーデンではネッケン(näck)とも呼ばれます。
夏至の夜、クリスマスイブ、木曜日に活発になると伝えられ、好感を与えられれば、バイオリンを教えてくれます 。
- 水に3滴の血、
- 黒い動物、
- ブランヴィン(蒸留酒)
- スヌース(嗅ぎタバコ)
を捧げると、人を魅了する音楽を奏でる技を教えてくれるとされます。
ただし、ノッケンの魅惑的な音楽は、女性や子供、特に妊婦や洗礼を受けていない子供は、水中に誘い込まれる危険を伴うとされます。
そんな悪意のあるノッケンが人を連れ去ろうとしたとき、その名前を呼ぶことで撃退できるとされます。
また、ノッケンの出現は溺死事故の前兆。
ノッケンが現れるとされる湖や川でアビ(水鳥)を思わせるような叫び声を上げると、死亡事故が起こるとされます。
19世紀後期の物語では、ノッケンは孤独からの救済を歌いますが、彼は「神の子」ではないため、決して救済されることはないとされています。
スウェーデン
ノルウェーのフォッセグリムに相当する水の精霊はスウェーデンでは
- ナッケン ノッケン(Näcken Nøkken)ネッケン(näck)
- またはストロムカルレン(Strömkarlen)
いくつかの説ではノッケンは湖や小川に住む小人(tomte トムテ)、あるいは犬、猫、雄牛、馬など、黒または白の動物の姿で現れるともいわれます。
ホルン、フルート、ハーモニカなど、多くの楽器をこなしますが、最も一般的なのがバイオリン、またはそれに類するもの。
ノッケンからバイオリンを学びたい場合は、3週間連続で、木曜日の夜にノッケンが出没する小川で演奏を披露する必要があります。
その際、黒猫を供物として捧げます。
3回目の夜、ノッケンは現れます。
溺れずに生き延びてレッスンを受けられた者は「椅子やテーブルさえも踊り出すほど感動的な演奏」が奏でられるようになります。
ノッケン は水のハルティヤ(フィンランド神話で語られる生き物の守護者)と見なされ、人間には危険な存在。
泳ぐ者を待ち伏せし、水中に引きずり込んで溺死させる、浅瀬でも人の足をすくい、動けなくします。
ノッケンから身を守るには、水に入る際地面にナイフを突き刺す、あるいは、泳ぐ前に「näkki は陸へ、私は水へ」と言い、陸に戻るときはその逆を言うとされます。
スウェーデンのファゲルターン湖にはナッケン(Näcken)にまつわる、湖を赤く染める「赤いスイレン」の誕生秘話が語り継がれています。
あらすじ
スウェーデンのファゲルターン湖に美しい娘を持つ貧しい漁師がいました。
ある日、漁師が漁をしていると、水の精に出会いました。
水の精は、娘が18歳になったら差し出すことを条件に豊漁を提案。
漁師は水の精に娘を差し出すことを約束しました。
娘が18歳になった日、水の精は自分の住処へ来るように言いましたが、娘はナイフを自分の心臓に突き刺し、湖に落ちて死んでしまいました。
そして、娘の血が湖の森に咲く睡蓮を赤く染めました。
フィンランド
フィンランドの水の精霊はルーン歌(Runic song、主にフィンランド、カレリア、エストニアに伝わる口承叙事詩や民謡)でも歌われています。
- ナッキ(Näkki)淡水や川に棲む水の精霊
- ヴェテヒネン(Vetehinen)
主に水辺や湖に棲み、髪をとかす姿や溺れかけた人を水底に引きずり込む存在
などが伝えられています。
北カレリアでは、ナッキは泳いでいる人をつかみ、ヴェテヒネンは泳いでいる人を病気に感染させると恐れられています。
エストニア
エストニアのナック(Näkk )は母親に水に投げ込まれた子供、または溺死した子供から生まれたとされます。
- スーンネック「沼地のナック」
- アルナック「乾燥した草原のナック」
- マアネック「陸のナック」
- ヴィーネック「水のナック」
がいます。
エストニア南東部では、非業の死を遂げた人の遺体はナックと呼ばれ、遺体には魂が囚われていると考えられていました。
また、溺死した遺体の上を泳ぐと、ヴィーネック(水のナック)に捕らえられ、足が痙攣する。
そのような遺体が埋葬された場所に座ったり横になったりすると、マアネック(陸のナック)が原因して病気になって死んでしまうとされます。
ドイツ
ドイツでは男の水の精霊はニクス( Nix)、女性の水の精霊はニクセ、ニクシー( Nixe )とされる川の人魚。
男性は人間、魚、蛇など、さまざまな姿に変身できます。
女性のニクシーには尾があり、フランスのメルュジーヌやギリシャ神話のセイレーンのように男性を溺死させます。
人間の姿のときは、服の裾が濡れていることで見分けられるとされます。
ニクスはドイツの叙事詩『ニーベルンゲンの歌』ではライン乙女 ( Rheintöchter ) として登場。
ライン川に住む、漁師や船乗りを危険な暗礁へと誘い込む人魚・ローレライもニクセに属します。
イギリス

1880 年作
イギリスの民間伝承では、ニクスやノッケンに似た魔物が数多く語られています。
⚫︎ジェニー・グリーンティース (JennyGreenteeth )
イングランド北西部に伝わる川や湖に棲む、子供や老人を水に引きずり込んで溺れさせる川の魔女
⚫︎シェリーコート(Shellycoat)
スコットランドの水辺の妖精。
貝殻(shell)をコートのように全身にまとっていることからこの名がついたとされます。
川や海岸の岩場などに住み着き、人を溺れさせる水の魔物
溺れているふりをして人を惑わせ、犠牲者を嘲笑うことで知られています。
⚫︎ペグ・パウラー( Peg Powler)
ティーズ 川に住む水の精霊で魔女。
緑色の髪をした美しい若い女性の姿で現れ、溺れるふりをして、男や少年を水に誘い込み、溺死させたり、食い殺したりするとされます。
彼女は、親が子供を怖がらせ、危険なところから遠ざけるためのお化けのような存在とみなされています
⚫︎グリンディロウ (Grindylow )
ヨークシャー州とランカシャー州に伝わる、緑がかった鱗状の肌、鋭い爪と歯を持つ小柄な人型生物。
池や沼に住み、子供を待ち伏せし、怪力で水中に引きずり込むと言われています
⚫︎ナッカー(Knucker)
イングランドのリミンスターのナッカー・ホール(底なしと言われる深い水場)と呼ばれる池に棲むとされる有翼の「水の竜」。
この名は古英語のnicorに由来し、英文学最古の叙事詩『ベオウルフ』に登場する生き物の名前とされます。
作品の中のニクス
◾️『ニーベルンゲンの歌』、『ニーベルンゲンの指輪』

アーサー・ラッカム作
『ニーベルンゲンの歌』
13世紀、中世ドイツの叙事詩。
竜殺しの英雄ジーフリトの英雄譚と妻クリエムヒルトの復讐劇という内容のもの。
この中に登場する水の精霊は、ハデブルクとジゲリントの二人の「水の乙女」。
ドナウ川に住み、未来を予言する力を有し、ブルグント王国の勇士ハーゲンに「司祭を除いては誰も生きて帰国できない」という未来を予言しています。
『ニーベルンゲンの指輪』
『ニーベルンゲンの歌』を元に、19世紀の作曲家・リヒャルト・ワーグナーによって作られた壮大なオペラ作品です。
ここに登場する水の精はヴォークリンデ、ヴェルグンデ、フロースヒという名の3人の「ラインの乙女」たち。
ライン川の底に眠る「世界を支配する力を持つ黄金」を守護する役目を担います。
◾️ゲーテ『漁師』

エーリッヒ・シュッツ作( 1920年頃)
『漁師』は18世紀の博学者・ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテによる詩。
ニクセに誘われ、水中に引き込まれてゆく漁師を描いた詩です。
◾️グリム童話「池にすむ水の妖精(Die Nixe im Teich)」

オットー・ウッベローデ作 「製粉所の近くの池に佇む水の妖精」
グリム童話集の181番目に収められた作品。
あらすじ
貧しい粉挽き職人は水の精霊・ニクシーと出会い、富と引き換えに自分の子どもを妖精に差し出す約束をしてしまいます。
子供は成人し漁師となって結婚。
ある日、水の精霊に水中に引き込まれてしまいます。
夫を失い嘆く妻は、夫が消えた池で眠りに落ち、夢の中で不思議な老婆のいる小屋に辿り着きます。
◾️『スパイダーウィック・クロニクル』『ニクシーの歌』
トニー・ディテルリッツィとホリー・ブラックによる『スパイダーウィック・クロニクル』は小説やテレビドラマ、2008年には映画公開もされた人気ファンタジー作品。
『ニクシーの歌』はその続編『ビヨンド・ザ・スパイダーウィック・クロニクルズ』の第1巻の邦題
フロリダへ引っ越してきた少年ニックと妖精の存在を信じる義理の妹・ローリーは近所の湖で傷ついたニクシーを助けたことから妖精を見ることができる能力「サイト」を手に入れてしまいます。
地中に封印されていた凶暴な巨人たちからフロリダを救うため戦いに身を投じてゆきます
『ニクシーの歌』あらすじ
庭で妖精が見えるようになる四つ葉のクローバーを見つけたニックは、庭で意識を失っているニクシーのタロアを見つけます。
タリアはニックとローリーに予知能力を与え、池が破壊された際に離れ離れになった6人の姉妹を探す手助けを求めます。
ノッケン、ニクシー、ニクセ、日本では認知度低すぎ?
映画・ドラマ
2019年公開『アナと雪の女王2』のノックは水でできた鬣(たてがみ)を持つ美しい馬の姿をした水の精霊。
エルサがアートハランへ向かう行く手を阻みますが、エルサの良き相棒となり、背中に乗せて海を渡る重要な役割を果たします。
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ゲーム・アニメ
『ファイナルファンタジー14』のノッケンは、パッチ5.4で実装されたインスタンスダンジョン『魔術工房 マトーヤのアトリエ』に登場する水棲のモンスター
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ノッケン、ニクシー、ニクセ まとめ
テオドール・キッテルセン 作
田沢湖、十和田湖、芦ノ湖、琵琶湖、日本にも多くの湖で龍神が棲むという伝説があります。
中世のヨーロッパ、自然の囲まれた湖や小川に魔物が住むと考えられるのは自然なことのように思います。
けど、人気のない湖で裸の異性(♂)がバイオリンを弾いていたら、
たとえその異性が美形でも、音色が美しかろうと、私なら恐怖で一目散に逃げ出します。
決して好奇心にかられて近づこうなんて思いませんっ!💦
臆病なのは認めますが、
これって、時代や国民性なんてところもあるのでしょうか..😅

