1895年頃
3つの真っ赤な目、垂らした舌に黒い肌、4つの腕には血の滴った生首や武器、獲物の生首を連ねたネックレスに手足を腰に巻き、横たわったシヴァを踏みつける。
世にも恐ろしいこの女神は血と殺戮の女神・カーリー。
これほどに凄まじい様相を呈しながら、このカーリーはヒンドゥー教の女神の中で最も人気の女神様なのです。
なぜ、これほどに凄まじい姿なのか、なのになぜ一番人気なのか
カーリー神のその由縁を探ります。
カーリー、死と破壊を司るシヴァの神妃
1770年
カーリーとは
カーリー(Kālī)は、破壊神・シヴァの妃。
パールヴァティーの別名、側面のひとつで、マハーデーヴィー(シヴァの妃たち総称)の一柱。
時間、死、破壊を司る、血と殺戮を好む戦いの女神様です。
その名は「黒き者」あるいは「時」を意味するカーラ(kāla) の女性形。
カーリー・マー(黒い母)とも呼ばれます。
ヒンズー教の女神の中で、カーリーは最も有名な女神として崇められています。
カーリーを語る多くの物語の中で、パールヴァティーの化身の一柱であるカーリーもまた異なった性格の女神に化身し(あるいは新たな女神が権現し)多くのアスラを倒しています。
カーリーはまた、聖なる母、宇宙の母、神聖な女性エネルギーとして崇拝される女神様でもあります。
容姿 描写
ラヴィ・ヴァルマ 作
絵画で描かれるカーリーの姿の多くはブラーナ文献『デーヴィー・マーハートミャ』の中で悪魔と戦い、その怒りを鎮めるためにシヴァが身を挺した場面。
そこで描かれるカーリーは
- 青みがかった黒い肌
- 絡まった長い髪
- 3つの目チャクラを開いた赤い目
- 4本あるいは10本の腕
- 牙をむき出しにした口からは長い舌を垂らし
- 裸体
- 髑髏(生首)の首飾り
- 腰には切り取った手足が飾られています(あるいは虎の皮をかぶっている)
⚫︎腕
4本の腕は、創造と破壊の両方の側面を示すもの。
右手は祝福のために、片方は「恐れるな」(アバヤムドラ)の印、もう片方は恩恵を与える(ヴァラダ)の印を表しています。
左手には魔神の生首と頭蓋骨、血まみれの剣と三叉戟。
剣は生首によって象徴される無知と自我(タマス)の束縛を断ち切るという意味を表しています。
⚫︎舌
赤い舌はサットヴァ(純粋、真実、平和)の象徴
黒い舌は舌はカーリーがニルグナ(自然のあらゆる性質を超えた超越者)であることを表しています。
カーリーが舌を垂らした姿は、激怒していると解釈もされますが、多くの場合、我に返り、夫を踏みつけている恥ずかしさの表れと解釈されています。
⚫︎姿体
「デーヴィー・マーハートミャ」でのカーリーの肉体はしなびて目はくぼんだ老女を思わせる姿。
『カーリカー・プラーナ』では引き締まって若々しい成人女性の身体で描かれる事が多いとされます。
⚫︎装飾品
1940年代 商店街画
カーリーの付ける悪魔の生首の花輪の数は108。
これはマントラ(神に捧げる神聖な音)を唱えるためのジャパ・ マーラー(煩悩)の数。
あるいは51。
これはサンスクリット文字の数、ヴァルナーマーラ。
これを身につけるカーリーは言語とすべてのマントラの母と見なされています。
⚫︎足
踏み出す足が左足から前に踏み出している姿は、向き合う事が困難な側面を示しているといわれています。
信仰、神格
1895年頃
数多くのヒンドゥー教の女神の中で、カーリーは最も有名な女神とされます。
時間、死、破壊を司る神であると同時に、
- 神の母
- 宇宙の母
- 神聖な女性エネルギー、
- ブラフマン(宇宙の原理)
として崇拝されています
カーリーは超越的な知識を与える神。
10人のマハヴィディヤ(偉大な知識)の最初の女神
- カーリー
- タラ
- トリプラ・スンダリ
- ブヴァネーシュヴァリ
- バイラヴィ
- チンナマスタ
- ドゥマヴァティ
- バガラムキー
- マタンギ
- カマラトミカ
母性を称える神としての信仰はベンガルが中心地、そこでのカーリーは神聖なる母として崇拝されています。
カーリーは、子供が母親にすがるような信者を守り、解放(モクシャ)を与えます。
カーリーの祭りはカーリー・プージャ。
この祭りは、アシュウィン月(グレゴリオ暦の9月と10月)の新月の日、ディワリ(光)の祭りと重ねて祝われます。
ベンガルやアッサム地方では、カーリー・プージャに際し、ヤギ、ニワトリ、雄の水牛な、多くの動物が供物として捧げられます。
神話の中のカーリー
カーリーは多くの叙事詩やプラーナ文献でアスラとの戦いが綴られています。
その中でのカーリーもまたデーヴィー、ドゥルガー、カウシキなど、異なった性質の女神に化身あるいは権現し、活躍しています。
「デーヴィー・マーハートミャ』
1740年 クリーブランド美術館所蔵「 ニスンバを攻撃するカーリー 」
「デーヴィー・マーハートミャ」は『マールカンディーヤ・プラーナ』(紀元400年-500年頃のプラーナ文献)に収録された女神の栄光を綴った書物
ここで語られるカーリーは、デーヴィー、ドゥルガーとして悪魔を討伐。
その活躍はカーリーを語る最も人気の物語として語り継がれています。
第一挿話 マドゥとカイタバ
1776年頃 ロサンゼルス美術館 所蔵
ヴィシュヌがヨーガニドラー(ヨガによる睡眠)の間、ヴィシュヌの耳垢から、マドゥとカイタバという2人の悪魔が生まれます。
そして、宇宙の生成を計るブラフマーを倒そうと試みます。
ブラフマーは偉大なる母・デーヴィーにヴィシュヌを目覚めさせるよう願います。
デーヴィーはヴィシュヌを目覚させ、目覚めたヴィシュヌは5000年の間悪魔と戦い、彼らを打ち負かします。
第二挿話 マヒシャースラ
18世紀初頭
世界はアスラの長・マヒシャースラに攻撃されます。
マヒシャースラは姿を変えることのできる水牛から生まれた邪悪な悪魔。
女性にしか倒せないという恩恵を与えられており、その力を使って倒されることを恐れた男神たちは。自らのエネルギーを放出。
光と力の塊り、女神ドゥルガーを生みます。
そして、神々はドゥルガーに様々な武器を授けます。
ヴィシュヌは自らの武器円盤投げ、風の神・ヴァーユは弓と矢、ヒマラヤ山の守護神・ヒマラヤはライオンを与えます。
ライオンに乗ったドゥルガーは水牛の悪魔を捕らえ、首を切り落とします。
その首から逃げ出そうとする悪魔の本質を破壊し、討伐。
世界の秩序を守ります。
第三挿話
第5章 チャンダとムンダ
「カーリーは悪魔のチャンダとムンダと戦う」アムステルダム国立美術館所蔵
アスラのシュンバとニシュンバに仕えるチャンダとムンダはパはある日、パールヴァティーに出会い、その美しさに圧倒されます。
彼らはこれをシュンバに報告。
シュンバは彼女との結婚を望みました。
シュンバはチャンダとムンダに力ずくで女神を連れて来るように命じます。
けれど、チャンダとムンダがデーヴィーに近づくと、デーヴィーの額の第3の目からカーリーが出現。
二人のアスラを倒します。
第8章 クタビージャ
「カーリーが流した血を飲む中、ドゥルガーはラクタビージャを討伐 」
次に派遣されたラクタビージャは、地面に落ちた血の一滴一滴から自らを再生する能力を持つアスラ。
この能力にデーヴィーは苦戦。
けれど、デーヴィーの第三の目から黒い骸骨の霊魂であるカーリーが出現。
カーリーは、自らが持つ巨大な口と数え切れない数の舌でラクタヴィージャの血液を舐め取って、分身を創り出すことのできないラクタヴィージャを倒します。
シヴァの上での舞踏
ラクタヴィージャを討ち取ったカーリーは、勝利に酔った狂乱状態。
地震を起こすほど踊り狂います。
これをなだめるため、シヴァ神はその足元に横たわります。
我にかえったカーリーは、夫を踏みつけている恥ずかしさに舌を出して戯けてみせたとされます。
このことからカーリーは時間(シヴァ)を服従させる“時の征服者”とみなされるようになりました。
第9章と第10章 シュンバとニシュンバ
シュンバとニシュンバと戦うドゥルガー
遣わしたアスラすべてを倒されたシュンバとニシュンバはパールヴァティと対決せざるを得なくなりました。
ニシュンバはパールヴァティの獅子に襲いかかり、最初に倒れました。
これを見たシュンバは激怒し、パールヴァティに襲いかかります。
けれど女神の三叉槍によって切り裂かれます。
三界は大いなる悪から解放され、元の状態に戻ります。
神々は女神を称える歌を歌い、その時、パールヴァティーの体の鞘(またはコーシャ)から光り輝く女神・カウシキが現れます。
側面
パールヴァティ〜の化身の一柱であるカーリーですが、そのカーリーにもまた、8、12、 あるいは21の異なった性格の側面(化身、あるいは別名)があるとされます。
その主なものは
◾️マハカーリー
デリー国立博物館所蔵
マハーカーリー(Mahākālī)は「偉大なるカーリー」を意味します。
万物の起源ブラフマン(宇宙の究極原理)の実体、「カーリーの偉大な形態」とされる存在。
絶対的な夜と時間の力を象徴します。
配偶者はシヴァ神の荒々しい面の顕現であるマハーカーラ。
『カンダ・プラーナ』には、シヴァ神の指示でカーリーがマハカーリーとなって世界を滅ぼしたと記されています。
5つまたは10の頭、その頭それぞれが3つの目を持ち、青い石のように輝く容姿。
『デーヴィー・マーハートミャ』の中で眠れるヴィシュヌの身体から現れた魔神マドゥとカイタバを滅ぼした女神がマハーカーリーとされます。
マハーカーリーはカーリー以上に多くの武器を所有しています。
剣、矢、棍棒、矛、法螺貝、円盤(チャクラム)、有刺棒、斧、弓、血の滴る生首。
◾️ダクシナカリ
ダクシナカリは、信者や子供たちを災難や不幸から守る、カーリーの慈悲深い母の化身。
ベンガルで最も人気のあるカーリーの姿です。
ダクシナカリという名前の由来にはさまざまなバージョンがあります。
そのひとつが、
南(ダクシナ)に住む死の神・ヤマがカーリーの名前を聞いて恐れて逃げたため、死そのものを克服できる女神としての名であるというもの。
ダクシナカーリーは右足をシヴァ神の胸に乗せている姿で描かれます。
◾️サムハラ・カーリー(ヴァマカーリー)
一方、左足をシヴァ神の胸に乗せているカーリーは、ヴァマカーリー(サムハラ・カーリー)
カーリーのより恐ろしい面、破壊の化身。
死と破壊のカーリーです。
サムハラ・カーリーとしてのカーリーは死と解放を与える女神。
二本の腕と黒い肌の女神として伝えられています。
カーリー、ビートルズやインディージョーンズも恐れた悪神?
映画
1973年公開、レイ・ハリーハウゼン制作『シンドバッド黄金の航海』の中では6本腕の陰母神カーリーが出現。
破壊のダンスとシンドバッドとの剣戟を披露しています。
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1965年公開、ビートルズの映画「ヘルプ! 」の中でリンゴ・スターは生贄にされるためにカーリーの崇拝者に追われています。
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1984年公開「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」では、カーリーを崇拝するタギーのカルトが悪役として登場しています。
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2022年公開『呪詛』に登場する呪いの根源である「大黒仏母」はカーリー神を元ネタにした架空の神。
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アニメ・ゲーム
『Fate/Grand Order』のカーリーはドゥルガーの別側面。
「シヴァの降臨」のために仮想世界ペーパームーンを破壊しようと目論むサーヴァント。
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『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』のカーリーは陸の孤島『闘国(テルスキュラ)』を治めるカーリー・ファミリアの主神。
赤い髪、褐色の肌の幼女神。
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『ONE PIECE』のカーリー・ダダンはルフィとエースの育ての親の女山賊。
ルフィの故郷ゴア王国・フーシャ村付近に出没する山賊「ダダン一家」の頭。
カーリー まとめ
ラヴィ・ヴァルマ・プレス 「マヒシャスラ・マルディーニ」水牛の悪魔を殺す者。1910年代頃
女性では少ないですが、変身して悪者を倒す、カーリーはまさにヒーロー。
デビルマンみたいな怖そなヒーローもいますが
こんなにも凄まじく恐ろしいビジュアルや、夫に尽くすために変身する、そんな姿も現代のヒーローモノには無い、インド神話独特の世界観(?)
ともかく一番人気の女神であることに納得です。