伊藤晴雨作「皿屋敷のお菊」
皿屋敷は 牡丹灯籠、四谷怪談に並ぶ日本三大怪談のひとつ。
けれどその内容は、日本各地に伝承が残り、 とくに、歌舞伎や落語、浄瑠璃の世界では皿屋敷のスピンオフ作品が展開。
怪談だけじゃない、ラブストーリーや人情噺など、さまざまに語られています。
お菊さんの名も多彩。
スパイになったり、笑ってしまうオチがあったり。
そんな、目一杯楽しめる、
皿屋敷の全貌を探ってみたいと思います。
皿屋敷、怖いだけじゃない怪談
月岡芳年作(1890年)「新形三十六怪撰 皿やしき於菊乃霊」
皿屋敷とは
皿屋敷(さらやしき)は 四谷怪談、牡丹灯籠と並ぶ日本三大怪談のひとつ。
主人の家宝の皿を割ってしまったため無念の死を遂げた、お菊の亡霊が夜な夜な井戸に出没し、「いちまい、にまい」と不気味に皿の数を数える場面で知られています。
その『皿屋敷』は日本各地の伝承や作品の中で、それぞれに詳細が異なる類話が伝えられる怪談の総称。
その中で知られるのが播州姫路の『播州皿屋敷』(ばんしゅう)、江戸番町の『番町皿屋敷』(ばんちょう)。
江戸時代、歌舞伎、浄瑠璃、落語の演目として広く知られてゆきます。
播州皿屋敷
豊原 国周作『皿屋敷化粧姿鑑』
『播州皿屋敷』は戦国時代の播州(兵庫県姫路市)が舞台。
背景に家督争いという陰謀、お家のために命を捧げた「お菊」の生き様などの人間ドラマが描かれているのが特徴です。
あらすじ
細川家の国家老・青山鉄山は、姫路の城主の座を奪おうと画策。
鉄山の動向を不審に思う家臣の衣笠元信は、お菊を女中として鉄山の屋敷に潜入させます。
鉄山は細川の若君の毒殺を計画、それをお菊に知られてしまいます。
そこで家宝の唐絵の皿の一枚を隠し、その咎でお菊を拷問。井戸に投じ、殺害。
その後、井戸からお菊の幽霊が現れ、夜ごと皿を数える声が聞こえるようになり、屋敷は「皿屋敷」と呼ばれるようになります。
番町皿屋敷
吉川朝衣作『 菊女 』
『番町皿屋敷』は、江戸時代の旗本、火付盗賊改・青山播磨守主膳と、番町にあるその屋敷の女中お菊との物語。
あらすじ
江戸、牛込御門内五番町の一角に火付盗賊改・青山播磨守主膳の屋敷がありました。
ある日、そこに奉公する腰元・お菊は主膳が大事にしていた皿十枚の内の一枚を割ってしまいます。
菊は主膳に斬り殺され、その骸は屋敷の井戸に投げ込まれます。
その後、井戸に夜な夜なお菊の幽霊が現れ、皿の数を数えるようになります。
主膳は、お菊を殺したことの後悔や恐怖から酒に溺れるようになり、ある日ついに井戸の傍で息絶えます。
全国にある『皿屋敷』伝承
北斎漫画『菊女ヶ霊』
皿屋敷は日本各地に類話が伝えられています。
◾️ 『雲州皿屋敷』 出雲国松江の皿屋敷。
腰元が秘蔵の十枚皿を割ってしまい、領主に井戸に投げ込まれて殺されます。
その後、幽霊となって夜な夜な皿を数えるようになり、僧侶が「十」と叫ぶことで成仏したと伝えられています。
◾️ 『土州皿屋敷』 土佐国幡多郡の皿屋敷。
渋谷権右衛門という郷士の家にお春という美しい下婢(女中)がいました。
郷士の弟、藤四郎はお春を恋い慕い、その想いをお春に打ち明けますが、思いは叶わず、その恨みを晴らすため渋谷家の家宝の皿の一枚を隠します。
権右衛門は激怒し、お春を折檻し惨殺。
その夜から皿の数を数える不気味な声とその後の悲痛な鳴き声が聞こえるようになります。
それと同時に藤四郎は高熱を発し、狂ったように悶え苦しみ出します。
それが毎夜続くようになり、ついに藤四郎は悶死。
◾️ 異聞『尼崎お菊伝説』
元禄時代、尼崎の家老・木田玄蕃の屋敷に奉公する女中・お菊が食事を運んだ際、飯の中に針が紛れ込んでいたため、激怒した主人に井戸に投げ込まれて殺害。
それを知ったお菊の母も後を追って井戸に身を投げ死亡。
その後、井戸からお菊が皿の数を数える声が聞こえるようになり、屋敷では怪異が頻発しています。
◾️ 高知県の四万十市の伝承
お滝という名の下女が秘蔵の皿の1枚をなくし、それを苦に滝に投身自殺。
幽霊となって皿を数え、九枚目で泣きだしてしまいます。
哀れに思った主が十枚を数えると泣き止みます。
現代でも四万十市西土佐奥屋内には「お菊の滝」があり、観光スポットになっています。
◾️ 長崎県の五島市の伝承
皿を割ってしまった女性が湯殿で打首。怨霊となって湯殿に現れます。
◾️ 福岡県の嘉麻(かま)市の伝承
元禄時代の豪農、清左衛門の家宝の小皿が紛失。
女中のお菊が責め苦にあい、お菊は屋敷の井戸へ投身自殺。
その後、お菊の霊が現れ、皿の数を数えます。
お菊の夫と母親はお菊の成仏を願い、四国八十八か所を巡ります。
母親が亡くなった後、夫は再婚。
夫が母の回向(えこう)に出かけた折、激しい雷雨に見舞われます。
雨が止むと、女房の姿はなく衣類だけ残り、その中に高麗の小皿が一枚入っていたといいます。
作品の中の皿屋敷
落合 芳幾 作
◾️『竹叟夜話』(ちくそうやわ)
室町時代末期の播州が舞台となる永良竹叟作(天正5年(1577年))。
『播州皿屋敷』の原型とされる一作。
ここでは皿は杯、殺されるのは妾の花野、井戸も登場していません。
山名家の家老・小田垣主馬助の妾・花野に郷士の笠寺新右衛門は恋焦がれます。
けれど花野は笠寺を拒絶。
小田垣の家宝、五つ杯の一つが紛失。
花野を恨む笠寺がそれを隠し、花野を松の木に縛り付けて惨殺。
その後、花野の怨霊が笠寺を苦めます。
◾️ 「姫路皿屋敷の事」
播州佐用郡の春名忠成(1754年(宝暦4年))作『西播怪談実記』に収録された一篇
この中では個人名はなく「腰元」「亭主」と記されています。
姫路城桐の馬場にあった屋敷の亭主は、信楽焼の皿を腰元が割ってしまったことを怒り、腰元を惨殺。
腰元が幽霊と化して現れます。
◾「皿屋鋪辨疑録」
馬場文耕作(宝暦8年(1758年)吉田屋敷で起こる様々な怪奇現象や事件を描いています。
もとは小姓組番頭の吉田大膳亮の屋敷であった吉田屋敷は将軍(家光)の姉・天樹院に与えられられました。
その屋敷は元々「更屋敷(サラ屋敷)」と呼ばれており、そこで天樹院は酒色に溺れる日々をおくります。
そして、愛人の花井壱岐と女中の竹尾の仲を疑って虐殺。そこに井戸を建てます。
他にも犠牲者があるものと「小路町の井戸」と恐れられるようになります。
番長皿屋敷
◾️ 怪談芝居『番町皿屋敷』
江戸の皿屋敷ものとして広く知られる作品。 馬場文耕の『皿屋敷弁疑録』が元となっています。
かつて「吉田屋敷」があった牛込御門内五番町の一角に火付盗賊改・青山播磨守主膳の屋敷がありました。
ここに奉公していた菊という下女が主膳が大事にしていた皿十枚のうち一枚を割ってしまいます。
怒った主膳は皿一枚の代わりにと菊の中指を切り落とし、菊を縛り、監禁。
菊は縄付きのまま裏の古井戸に身を投げて亡くなります。
その後、夜ごと井戸から「一まい、二まい」と皿を数える恐ろしい女の声が聞こえるようになります。
その後主膳の奥方は出産。けれどその子供には右の中指がありませんでした。
この事件は公儀の耳にも入り、主膳は所領を没収。
その後も皿数えの声が続くため公儀は小石川の了誉上人に鎮魂の読経を依頼。
上人は「八つ……九つ……」と皿を数える声に「十」と付け加えます。
すると、亡霊は「あらうれしや」と言って消え去ります。
◾️ 戯曲『番町皿屋敷』
岡本綺堂作(1916年(大正5年))の悲恋物語
旗本・青山播磨と腰元のお菊は相思相愛の仲。
けれど身分の違いのため結ばれません。
小播磨の叔母は大名の娘との縁談を持ちかけますが、播磨はそれを拒みます。
青山家には先祖代々伝わる家宝に十枚組の皿がありました。
殿様の縁談話を不安に思うお菊は、殿様の心が知りたいと家宝の皿の一枚を割ってしまいます。
お菊は皿を割ったのが自分であることを告白。
粗相なら仕方ないと播磨はそれを一旦は許します。
けれど、他の腰元がそれを見ていたため播磨は真相を知ってしまいます。
播磨がお菊に問いただすと、「皿が大事か自分が大事か、殿様の本心を知りたかった」と打ち明けます。
男の誠の心を疑うお菊を許せなかった播磨は激怒。
播磨は残りの皿を1枚、2枚、3枚とお菊に取り出させ、次々と割ってゆきます。
そして、止めようとする家来、そしてお菊を切り殺し2人の死骸を井戸の中に投げ込みます。
その夜、酒に溺れる播磨の前にお菊の亡霊が現れ、恨めしげな声で皿を数えます。
その後も毎夜、井戸から皿を数えるお菊の声が聞こえたといいます。
️◾️ 歌舞伎≪魚屋宗五郎≫『新皿屋舖月雨暈(しんさらやしきつきのあまがさ)』
『皿屋敷』をベースにした歌舞伎の演目
魚屋宗五郎の妹・お蔦は旗本・磯部主計之助の妾奉公にあがります。
そこに出入りする岩上典蔵たちがお家横領をたくらむ密談を聞いてしまいます。
お蔦に焦がれる典蔵はお蔦に言い寄りますが浦戸紋三郎がその窮地を救います。
典蔵は逆にお蔦と紋三郎の不義密通を主に申し立て、お蔦は主計之助に惨殺されてしまいます。
兄の宗五郎は妹の死を聞き、嘆き悲しみます。
お蔦の召使いであったおなぎが弔問に訪れ、兄は妹の真無残な死を知ります。
宗五郎は酒に溺れ、酔った勢いで磯部の屋敷へと殴り込んでゆきます。
家老の浦戸十左衛門に宗五郎は「呑んで言うのじゃござりませんが」と悔しい思いを切々と訴えたあげくに、眠りこんでしまいます。
目が覚め、正気に戻った宗五郎に磯部主計之助が現れ、短慮からお蔦を殺めたことを深く詫びます。
典蔵の悪事も暴かれ捕らわれることとなります。
◾️ 落語 『お菊の皿 』
『皿屋敷』をモチーフとした個展落語の演目の一つ。
美しい亡霊のお菊さんが評判となり、廃屋敷に次第に見物客が増えてゆきます。
やがて廃屋敷にには弁当や菓子を売る店や有料席も設けられるようになります。
お菊さんの幽霊も観客に愛想を振りまいたりで、まんざらではない様子。
けれど、お菊が皿を数えきるのを聞くと狂い死んでしまうため、観衆はお菊が皿を数えきるまでに逃げ出さなければならないと信じられていました。
ある日、あまり観客が増えすぎたため、出口に向かう人の波で客が逃げ出す事が出来なくなってしまいました。
お菊さんはいつもの通り皿を数え続け、「九枚……」の数が聞こえたところで客たちは恐怖に慄きます。
けれどお菊は「十枚、十一枚……」と数え続け、最後に「十八枚…… おしまい」。
客がなぜ、18枚まで数えたのかを聞くと、お菊は答えて「明日はおやすみ」。
播州皿屋敷
竹原春泉作お菊虫 『絵本百物語』
◾️『播州皿屋敷実録』
江戸後期の「戯作(げさく) 江戸時代の通俗小説」
姫路城第9代城主小寺則職の時代、家臣・青山鉄山はお家の乗っ取りを画策。
これを忠臣・衣笠元信が知り、妾・お菊を鉄山の家の女中として潜入させ、鉄山の陰謀を探らせます。
そして、青山が則職の毒殺を計画していることを突き止め、則職を救出。
計画に失敗した鉄山は密告者がお菊であったことを突き止めます。
以前からお菊に惚れていた家臣・弾四郎はお菊に妾になれと言い寄り、拒まれます。
弾四郎は、お菊が管理する家宝の皿「こもがえの具足皿」のうちの一枚を隠し、皿を失くした失態をせめ、殺して古井戸に死体を捨てます。
以来その井戸から夜毎お菊が皿を数える声が聞こえてきます。
やがて鉄山一味は討たれ、当主・則職はお菊の死を哀れみ、「お菊大明神」として祀ったと伝えられます。
300年の後、城下に奇妙な虫が大量発生。お菊が虫になって帰ってきたといわれました。
◾️人形浄瑠璃『播州皿屋敷』
寛保元年(1741)大坂豊竹座で上演
細川家の国家老、青山鉄山は、姫路の城主の座を奪おうと好機をうかがっていました。
あるとき、細川家の当主・巴之介は家宝の皿を盗まれ、足利将軍の不審をかうことになります。
鉄山は、それを好機と細川の若殿の毒殺を計画。
その密談を菊に聞かれてしまいます。
そこでお菊が管理する皿の一枚を隠し、咎で斬殺、死体を井戸に投げ捨てます。
その夜から井戸からお菊の死霊が現れ、鉄山を苦しめるようになります。
そして幽霊は屋敷を訪れたお菊の夫・舟瀬三平に入れ知恵をし、皿を取り戻します。
皿屋敷 まとめ
葛飾北斎作「百物語・さらやしき」
いや〜〜〜〜、こうやって読み比べてみると壮観です。
「女中が家宝の皿を割ってしまったため殺され、井戸に投げ捨てられ、幽霊となって恨みをはらす」物語がこんなにもいろんなドラマを生む。
皿屋敷、日本を語る、名(迷)作ですっ