子供の頃、怖くて観ることのできなかった「四谷怪談」。
日本の怪談は、その暗く陰湿な独特の雰囲気に、ただそれだけで恐怖を覚えます。
中でもお岩さんの恐ろしさは、現代でも決して他に引けを取らない様相。
物語も、なるほどと思える壮絶なもの。
個人的には、鏡の前に立ち、醜く変わり果てた顔、すいた髪が抜けてゆくお岩さんの恐ろしさにはいまだに戦慄を覚えます。
そんな世にも恐ろしい「四谷怪談」とは
目次
四谷怪談、世にも恐ろしい、日本を代表する怪談
四谷怪談とは
「四谷怪談」は日本一有名な怪談。
正式名は『東海道四谷怪談』。
歌舞伎作家・鶴屋南北の代表作です。
元禄時代、江戸・雑司ヶ谷四谷町で起こった史実、江戸時代の噂話集『四谷雑談集』や町役人の調査報告書『於岩稲荷由来書上』に記載された内容を基に制作されています。
歌舞伎公演や三遊亭圓朝の落語によって広く世に知られてゆきます。
史実の中の四谷怪談
『四谷雑談集』
『四谷雑談集』は、江戸時代中期の事件を題材にした噂話集。
そのうちの四谷怪談は享保12年(1727年)に起きた事件として記されています。
『東海道四谷怪談』の原典とされ、曲亭馬琴の『勧善常世物語』、柳亭種彦の『近世怪談霜夜星』もこの物語を基に作られています。
内容は
四谷の田宮家の一人娘お岩が、入婿となった伊右衛門に騙され失踪。
その後、不幸が続き、お家が断絶したというもの。
四谷に住む同心・田宮又左衛門の一人娘・岩は容姿や性格に難があり、入婿になる男性に恵まれずにいました。
その頃浪人であった伊右衛門は、半ば仲介人に言いくるめられるように婿養子として田宮家に迎えられます。
けれど婿となった伊右衛門は、上司の与力・伊東喜兵衛の妾と恋仲となり、喜兵衛も妊娠した妾を伊右衛門に押し付けたいと思っていたので、二人は結託して岩を騙し、田宮家から追い出してしまいます。
事情を知った岩は狂乱して失踪。
岩の失踪後、田宮家には不幸が続き、お家は断絶。
その跡地でも怪異が発生。
岩の祟りと恐れられ、その地に於岩稲荷が建てられています。
『於岩稲荷由来書上』
『於岩稲荷由来書上』は文政10年(1827年)、町年寄の孫右衛門と茂八郎という人物が幕府に提出した調査報告書(公文書)『文政町方書上』の中に記された一編。
内容
貞享年間、四谷左門町に住む婿養子の田宮伊右衛門(31歳)は、上役の娘と重婚し、子をもうけます。
その事を知った妻のお岩 (21歳)は発狂し、失踪。
その後、伊右衛門の近親者18人が非業の死を遂げ、田宮家は滅亡。
元禄年間、その邸跡地に市川直右衛門、正徳5年には山浦甚平という者が屋敷を構えますが、奇怪な事件が幾度も起こり、このため、妙行寺に稲荷を勧請して追善仏事を行い、怪異を治めています。
創作の中の四谷怪談
『東海道四谷怪談』
『東海道四谷怪談』は4代目鶴屋南北作、全5幕の歌舞伎狂言。
南北の代表作となった生世話狂言で、怪談(夏狂言)です。
文政8年(1825年)、江戸中村座で初演され、現代でも人気の演目として受け継がれています。
浪人や下層階級の人々の貧しい生活が生き生きと描かれ、ユネスコ無形文化遺産にも指定されています。
あらすじ
暦応元年(1338年)、元塩冶家の家臣・四谷左門の娘・岩は、夫・民谷伊右衛門(たみやいえもん)の品行の問題(公金横領)で実家に連れ戻されていました。
伊右衛門は岩との復縁を望みますが、父・左門はそれを拒み、伊右衛門は辻斬りの仕業に見せかけ父・左門を殺害。
また、岩の妹・袖を慕う薬売り・直助も、袖の夫・佐藤与茂七を殺害。
左門と与茂七の死を嘆く岩・袖の姉妹に、伊右衛門と直助は仇を討つと約束。
伊右衛門と岩は復縁、直助と袖は共に住まうことになります。
けれど、田宮家に戻った岩は産後の肥立ちが悪く、床に伏せるようになり、伊右衛門は岩を疎ましく思うようになります。
そんな中、高師直の家臣・伊藤喜兵衛の孫・梅は伊右衛門を見初め、喜兵衛も伊右衛門を婿に望みます。
仕官を条件に承諾した伊右衛門は、喜兵衛から与えられた毒薬を薬と称して岩に与え、按摩の宅悦に岩と不義密通を働かせ、それを口実に離縁しようと画策。
けれど、宅悦は薬のため醜い容姿となった岩に怯え、伊右衛門の計画を暴露。
岩は悶え苦しみ、短刀で首を刺して死亡。
伊右衛門は、使用人の小仏小平(こぼとけこへい)を間男に仕立て上げ惨殺。
岩と小平の死体を戸板にくくりつけ、川に流します。
伊藤家の婿となる祝言の夜、伊右衛門は岩の幽霊を見て錯乱し、梅と喜兵衛を殺害、逃亡。
妹の袖は宅悦に姉の死を知らされ、仇討ちを条件に直助に身を委ねますが、そこへ死んだはずの与茂七が生還。
すでに不貞を働いてしまっている袖は与茂七・直助の二人の手にかかり死亡。
けれど、直助は今際の際の袖から、袖が実の妹であったことを聞かされ、自害します。
逃げ延びた伊右衛門は、蛇山の庵室に辿り着きますが、そこでも岩の幽霊と鼠に苦しめられて狂乱。
そこへ真相を知ったお袖の夫・与茂七が現れ、全ての元凶である伊右衛門を討ち倒します。
物語の中、
🔳 二幕目「伊右衛門宅の場」
お岩が毒薬によって顔半分が醜く腫れ上がった姿で、髪を梳き、悶え死ぬ場面
🔳 三幕目「砂村隠亡堀の場の戸板返し」
死体を表裏に釘付けにした戸板が漂着し、伊右衛門がその執念に驚く場面
🔳 大詰「蛇山庵室の場」
蛇山の庵室で伊右衛門がおびただしい数の鼠と怨霊に苦しめられる場面
が有名です。
赤穂浪士と四谷怪談
『東海道四谷怪談』は人形浄瑠璃や歌舞伎の演目でもある『仮名手本忠臣蔵』の外伝という設定で描かれています。
これは中村座での初演「東海道四谷怪談」が「仮名手本忠臣蔵」と合わせて連続で上演されていたため。
登場人物の多くは『仮名手本忠臣蔵』「元禄赤穂事件」での吉良家と赤穂藩と関係しています。
お岩の父四谷左門も塩冶家(大石内蔵助)の家臣であった浪人、伊右衛門も赤穂浪士のひとりです。
伊右衛門を婿に望み、伊右衛門に毒を渡したお梅の祖父は高師直(吉良上野介)の家臣。
お岩の妹・お袖の夫・佐藤与茂七も、伊右衛門を討った後に高師直(吉良上野介)の屋敷に討ち入るという流れに設定されています。
お岩の祟り
公演当時、舞台で謎の事故が相次ぎ、お岩の怨霊の祟りだとされました。
そのため、この怪談を扱う制作者や出演者は必ず於岩稲荷に詣でるというという習慣が生まれ、それは現在も続いています。
四谷怪談 名監督・名優が語り継ぐ日本を代表する怪談 VS 現代版
名監督・名優作品
1949年公開『新釈四谷怪談』監督:木下惠介、伊右衛門:上原謙、お岩:田中絹代
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1981年公開『魔性の夏 四谷怪談より』監督:蜷川幸雄、伊右衛門:萩原健一、お岩:関根恵子
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1994年公開『忠臣蔵外伝 四谷怪談』監督:深作欣二、伊右衛門:佐藤浩市、お岩:高岡早紀
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VS 現代版
アニメ作品『怪 〜ayakashi〜「四谷怪談」』は原作に現代的な視点を加えた異色作
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『妖怪シェアハウス』のお岩さん、人間の姿のときはナースとして働く、普段は超絶優しい、けど、怒ると超絶コワイ幽霊。
夫に裏切られ呪い殺した過去を持ち、やられたらやり返すのが信条。
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『鬼灯の冷徹』の民谷 伊右衛門は現世で妻に呪い殺され、地獄でも烏天狗警察から指名手配されていた、見た目は美形のロクデナシ亡者。
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四谷怪談 まとめ
昔は見知らぬ人のもとに嫁ぎ、一生を添い遂げるのが定めであった時代、只一人頼りに思う人に裏切られるのは、さぞ辛いものであったのでしょう。
それに比べ現代は、性癖も含め、相手を選べる。
同性婚や、一生を独身で通すことも許されちゃう。
全て自分の責任下で選択しなければならないとしても、私は、「無理なく自分らしくいられる今」に生まれてよかったです。