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ハトホルはエジプト神話で重要な役割を担う女神さま。
太陽神ラーの子であり妻、天空神ホルスの母であり妻。
愛と癒しの神でありながら、死や喜び、運命をも司るという、多面的な性格を呈する神。
多くの男神と関わりを持ち、多くの神格を担い、新たな生命を与える。
エジプト神話を理解するに不可欠な存在です。
目次
ハトホル、神格として表される多面性
ハトホル、ハトル(Hathor)(あるいはフゥト・ホル)は、古代エジプト神話の愛と美の女神。
エジプト神で最も重要視される二柱、太陽神ラーが父であり、夫。天空神ホルスも夫であり、子であるとされる、重要な役割を担う一柱です。
その姿は、その間に太陽を抱く二つの角と耳を持つ、牝牛か牝牛の頭部を持つ女神。
多くの神格を持ち、そのため、豊穣と家庭愛を司る神であり、喜びと死、再生の女神というような、多面的な性格を呈しています。
ファラオの守護者である豊穣の女神イシスと同一視され、化身として殺戮の女神セクメト、怒りにとらわれたハトホルの姿とされます。
あるいはラーの妹である豊穣の女神バステト、創造神アトゥムの手を擬人化した女神・ネベテテペトと習合され、「捧げ物の貴婦人」、「満足の貴婦人」とも称されます。
起源は先王朝時代のエジプト(紀元前 3100 年頃以前)。
他の神々同様に太古から篤信される女神。
その名はフゥト・ホル「ホルスの家」を意味し、ホルス神との関わりが表されています。
時間が経つにつれて、彼女は地域のさまざまな女神と習合され、多くの神格と側面を包括する多面的な神となってゆきます。
ハトホルの家族
ハトホルと他のエジプトの神々との関係は、エジプト神話の重要な側面です。
夫
太陽神ラー(父でもある)
天空神ホルス(大ホルス)、
鰐の神セベク、
ミイラ作りの神アヌビス。
子
ホルス(大ホルス)父はラー
音楽の神イヒ、父は小ホルス
月の神コンス、父はセベク
戦いの神ウプウアウト、父はアヌビス
容姿
通常、ハトホルはその間に太陽を配した牛の角を持つ女神として描かれています。
エジプトでの牛は母性と天上を象徴する動物。太陽の円盤は天空と太陽の結びつきを表しています。
その他にも、ウラエウス(コブラ)、猫、雌ライオン、プラタナスの木として表現されています。
ウラエウス(蛇・コブラ)はエジプトでは王権や神性を表すモチーフ。
ハトホルがウラエウスとして表された時、凶暴で神聖な側面を表していました。
雌ライオンはハトホルの母性的な側面が強調され、猫は目の女神の鎮静された姿。
プラタナスの木として描かれる場合、人間の上半身が幹から出ているという姿で描かれています。
通常、赤またはターコイズブルーのシースドレスをまとい、その美しい髪を賞賛される女神。
しばしば杖としてパピルスの茎を持ち、シストラムまたはメナトのネックレスもハトホルを象徴するアクセサリー。
美と女性らしさと結びついた鏡は彼女のシンボルのひとつでもあります。
冥界の女神として、七人のハトホルが描かれることがあります。
これは、西の雄牛と呼ばれる小さな空と死後の神を伴う7頭の牛を表したもの。
起源
先王朝時代 (紀元前 3100 年頃以前) のエジプトでのハトホルは牛、あるいは牛の角を思わせる、高く掲げる湾曲した腕を持つ女性として描かれています。
ハトホルが信仰を集めるようになったのは古王国時代(紀元前 2686 年〜2181 年頃) と考えられます。
第 4 王朝(紀元前2686年頃)の統治者の崇拝を得て、エジプトで最も重要な神のひとりになりました。
上エジプトの都市・デンデラでそれまで崇拝されていたワニの神に代わってデンデラの守護神となります。
当時、太陽神ラーが神々の王でファラオの守護神として崇拝されており、ハトホルはラーとともに昇天し、彼の妻となり、ファラオの神聖な母となりました。
神格
ハトホルは多くの神格を持ち、様々な役割を果たす女神として知られています。
世界を生み出した天の牝牛、豊穣、音楽、喜び、愛、母性を司る女神としても崇められます。
天空神として、空の神ホルスと太陽の神ラーの娘あるいは母、配偶者となり、ファラオの象徴的な母としての側面も持ちます。
オシリス信仰が主流になると、死者を養う女神としての性格も持つようになり、亡くなった魂を冥界へと導く女神となります。
エジプト学者のロビン・ギラムは、多くの地域の女神と習合され、それらの女神の持つ神格が一つの側面として加わったものと解釈しています。
天空の女神
ハトホルは「空の女王」「星の女王」として知られています。
エジプトの創造神話によれば、太古の初めに太陽(ラー)が出現した水域と空(ハトホル)が結びつけられ、空(ハトホル)は太陽神(ラー)が航行する水域と考えられました。
ハトホルは夜明けごとに太陽神(ラー)を生む宇宙の母と考えられています。
太陽の女神
ハトホルは帆船で空を航海するラーに同行する神の一柱。
デンデラの寺院にある文書には「彼女の光線は地球全体を照らす」と記されています。
ラー信仰の中心地・ヘリオポリスでは、ハトホル(創造神アトゥムの手を擬人化した女神・ネベテテペト)がラーの配偶者として崇拝されています。
ハトホルはラーの目の役割を担う女神のうちの一柱。
ラーへのハトホルの役割は、毎日の太陽の周期を反映しています。
日没とともに、太陽(ラー)は天空(ハトホル)の体に入り、日の出とともに(ハトホル)の子宮から生まれ、後に彼を産むことになる目の女神の父親となります。
天牛の書として知られる葬送文書の中で、ラーはラーの目のハトホルによって反乱を企てた人間を罰したことが記されています。
彼女は雌ライオンの女神セクメトとなり、反抗的な人間たちを虐殺しますが、ラーは彼女が全人類を滅ぼすのを阻止します。
一旦は、目の女神ハトホルはラーに反抗し、異国の地で傍若無人に振る舞いますが、ラーはトート神を送りハトホルを連れ戻します。
音楽、ダンス、喜びの神
エジプトの宗教では、感覚的な喜びは神が人類に与えた贈り物のひとつであると考えられていました。
そして、ハトホルは音楽、喜びの女神。『酩酊の女王』という異名を持ちます。
ハトホル神話のいくつかの中で、音楽、ダンス、ワインで彼女がなだめられると、ラーの目(太陽)の野生は和らいだと語っています。
毎年起こるナイルの氾濫の水は人類滅亡の際に赤く染まったビールやワインに例えられました。
洪水時、ハトホル神をなだめる方法として、飲み物・音楽・踊りが披露されます。
メダムド寺院にある女神ラエト・タウィ(女性のラー・(ハトホル))への賛美歌では、酩酊の祭り(テク祭り)について語られています。
彼女が寺院の祭りのブースに入るとき、酔った酒盛りが太鼓をたたき、人々や動物が彼女のために踊ります。
ハトホルの祭りの多くは、儀式を目的とした飲酒と踊りで祝われ、これらの祭りに参加する人々の多くは、宗教的エクスタシーに達していたともされています。
美と愛の女神
ハトホルはまた「愛の女王」という異名を持ちます。
ハトホルの愛の女神としての側面は彼女の生殖力を示し、いくつかの創造神話では、ハトホルは世界の創生に関わっています。
- 創造神アトゥムは原初の水「ヌン」より生まれ、自慰行為によって大気の神・シューと、湿気の女神テフヌトなどの創造神を生み出しています。
そしてアトゥムの手は、ハトホル、ネベテテペト、創造の女神イウサセットによって擬人化されていると伝えられます。
また、ハトホルの夫とされる神々には
- プトレマイオス朝時代(紀元前 332 ~ 30 年)後期の創造神話では、月の神コンス神が新しい生命の創造に重要な役割を果たし、ハトホルはそのためにコンスと交わる女神。
- エジプト史後期、ハトホルとホルスは夫婦となり、
- ラーの船を守った戦いの神モントゥの配偶者ハトホル=ラエッタウィ、創造神アトゥムから生まれた大気の神シューの配偶者ハトホル・テフヌトとしてその存在が伝えられています。
など、エジプト神話において需要な役割を果たす神々が挙げられています。
母性と癒し
古代エジプトの初期にはイシスではなくハトホルがホルス神の母とされていました。
エジプト初期の王・ナルメル王の遺跡には、戦う鷹(ホルス)とそれを見守る牝牛(ハトホル)刻まれています。
オシリス神話ではセトとホルスの戦いの後、ハトホルは目がくり抜かれたホルスを発見し、ガゼルの乳で傷を治しています
ハトホルはまた、さまざまな子供の母であると考えられていました。
エジプト人にとって生命の象徴とされるプラタナスの木の樹液は、ハトホルのシンボルのひとつ。
デンデラのハトホル神殿では、ハトホルは原初の水から生まれた最初の女性の太陽神であり、彼女の与える光と乳がすべての生物を育む源であることが謳われています。
癒しの女神として
古代エジプトで神官は医師としての役割も果たしていました。
そして、多くの大神殿には神官たちが医学を学ぶ「生命の家(ペル・アンク)」が備わっていました。
その中でも、デンデラのハトホル神殿は大規模な療養施設を供ており、そこで眠るとハトホル女神が夢に現れて病を癒してくれると信じられ、慈愛の女神ハトホルに救いを求めて多くの人々が訪たとされます。
神殿が閉鎖された後も、人々は神殿を訪れ、柱を削って粉にして服用していたといわれます。
運命の女神
ハトホルは、運命を擬人化した男神シャイと結び付けられ、運命を告げる女神として不吉な予言も行なっています。
新王国時代の物語「二人の兄弟の物語」と「運命の王子の物語」でハトホルは主人公の誕生に現れ、彼らの死を予告します。
死者の守護神
ハトホルは、命を育む女神であると同時に死の女神でもあり、現世と冥界を越え、死者を導く役割を担います
死者の導き手としてのハトホルは、多くの場合牛の姿で描かれています。
冥界へ行く者にパンと水(もしくは自ら(牝牛)の乳)とイチジクの食物を与えるなどの行いから「エジプトイチジクの木の貴婦人」または、「南方のイチジクの女主人」とも呼ばれました。
空の女神としてのハトホルはラーの毎日の再生を助けたため、古代エジプトの死後の信仰と結び付けられました。
エジプトでは、亡くなった人間は太陽神のように生まれ変わると考えられています。
棺、墓、冥界は亡くなった魂が生まれ変わるためのハトホルの子宮。
ハトホルは亡者の墓に現れ、亡者を自分の子供として死後の世界に迎え入れます。
また、太陽神ラーが空の女神ハトホルと交わることで彼自身の再生が可能になるように、ハトホルは死者を新しい命に目覚めさせる役割を担うと考えられています。
七人のハトホル
エジプトの古文書ではしばしば「七人のハトホル」、「多くのハトホル (362 人のハトホル)」 について語っています
ハトホルは「運命をつげる七人のハトホル」を引き連れるとされます。
古代エジプトにおいて「四」と「三」を足した数としての「七」は、「三」は「複数」、「四」は「四方」「あまねく全て」を意味し、「沢山」という概念を表す最小単位として用いられています。
墓や棺に描かれるハトホル
ハトホルは死後の神として、故人の埋葬に加えられます。
ハトホルは古王国時代(紀元前2686年頃〜紀元前2185年頃)にはすでに亡くなった人々に供物を捧げる神として信仰され、来世でハトホルの従者に加わる呪文が故人の棺文書に加えられていました。
第 18 王朝(紀元前1570年頃〜 紀元前1293年頃)の墓画には、祭りと、メナトのネックレスやシストラを持っているハトホルの姿が描かれています。
祭りは、人間と神の領域、生者と死者の接触を可能にするものと考えられていました。
第 3 中間期(紀元前1069年頃〜)棺はハトホルの子宮であり、そこから死後の世界に生まれ変わるという信仰から、ハトホル(子宮)が棺の床で故人を受け入れ、天空の女神ヌトが蓋の内側に置かれています。
ハトホル信仰
ハトホルは第18王朝のファラオ・ハトシェプストやクレオパトラといった女性ファラオからも信仰を得ます。
その信仰はイシスと共にローマ帝国にまで広がり、ギリシアではアプロディーテーと同一視されています。
けれど、その信仰は、古代エジプトの歴史を反映して変化してゆきます。
安定と繁栄の時代、ハトホルは愛、美、喜びの女神として崇拝される女神。
紛争や危機の時代には、葬儀と保護の女神として役割が主な対象とされています。
祭り
ハトホルはさまざまな祭りや祝典で讃えられています。
ハトホル祭りでは、女神像は花で飾られ、ナイル川まで行列で運ばれました。
喜びと音楽の女神・ハトホルを讃える音楽と踊りが披露され、振舞われるワインは豊饒の女神・ハトホルの血を象徴しました。
プトレマイオス朝時代、デンデラ神殿を含むいくつかの神殿は、太陽神との交わりによってハトホル像が活性化される一連の儀式で『新年』を祝いました。
当日までの数日間、デンデラのハトホル像は空と太陽で飾られた部屋に置かれます。
新年(トートの月)の初日、像は屋根に運ばれ、本物の太陽の光を浴びます。
『酩酊の祭り』は、サウトの月(コプト暦の最初の月、グレゴリオ暦の9月11日〜10月10日の間)の20日にハトホルや他の目の女神の神殿で祝われています。
この祭りでは、死の悲しみ、飢え、渇きとは正反対の感情、生命・豊かさ・喜びを祝いました。
プトレマイオス朝に行われた『再会の祭り』もハトホルを讃える祭典。エピピ(コプト暦の11月、グレゴリオ暦の7月8日〜8月6日)の月の14日間にわたって催されました。
各寺院のハトホル像は原初の神々が埋葬される神社に運ばれ、旅の終点はエドフのホルス神殿。ハトホル像がホルス像と再会を果たします。
民衆の信仰
エジプトの民は個々にも神々を崇拝しました。
豊饒と無事な出産は人々の最も重要な関心事。大気の神でもある豊饒神タウェレトやハトホルは家庭の神棚でも祀られていました。
その祈りは、日常の豊かな食べ物、家庭円満、子孫繁栄、死後の再生など、彼女が与えられる恩恵を願うものとして行われていました。
ハトホル、現代でもハトホルらしいハトホル
『真・女神転生シリーズ』では頭に牛の角と太陽を象った円盤の冠をかぶった古代エジプト出身の女神ハトホル。化身として猫の聖獣バステト、アヌビス、獅子の頭を持つ怒りの化身地母神セクメトとしても登場しています
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『パズル&ドラゴンズ』のハトホルは褐色の肌にピンクのロングヘアー、巨大な牛の角を持つ新エジプト神の1体。傍らの壺からは謎の白い液体が噴出しています。
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韓国産SRPG『ラストオリジン』では天乳のハトホルとして登場。「パブリックサーバント」のエルフ型バイオロイド。銀髪のボブカットとデカーーーーイオッパイが特徴のエジプト風ダークエルフ
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ハトホル まとめ
出典:deviantart
エジプトにおいての死者の埋葬は、土に返すためのものではなく、ハトホルの子宮である棺や墓に戻し、新たな誕生を迎えるためのもの。
この発想は夢やロマンに溢れたポジティブシンキングのように思えます。
で、話は変わりますが
ハトホルの多様な死者の神性は、ギリシャ神話のゼウス、ヒンドゥー教のヴィシュヌと同じく信仰を拡大するために生まれたもの。
ゼウスは女神や女性と関係を持ち、ヴィシュヌはアバターラとして化身する。
そしてハトホルは地域の女神と習合されることで多くの夫、神格を持つに至った。
ヒーローやヴァンパイアが孤独に苛まれるように、主要な神が担う定め、ですね。